別にあいつに多くの事を望んでいたり、期待をしているわけではない。




来週の月曜日





「ったく、なんで俺がこんなことしなきゃいけね−んだ」

放課後の国語準備室。いくつか固めて置いてある机は大量の本やらプリントやらで一杯になっていた。
そんな部屋で土方は一人掃除をしていた。

「おー、よく働いてるな。感心感心」

ドアから入ってきたのは銀八だった。相変わらずのくわえタバコに右手には今週号のジャンプがあった。

「先生がやれっていたんだろ」
「んな、怖えー顔すんなよ、元々おまえとゴリラが俺様の授業中に女子みたいに手紙わたしてるからダメなんだよ」

そうだった、そういわれたら何も言い返せない。
そもそもむさい男で手紙のやりとりをしてた理由は、近藤さんにある。
志村妙を映画に誘うとして、一体どんなジャンルのものがいいのか、と近藤さんに手紙できかれ、俺はその返事を書いたのだ。

「だからってなんで俺だけなんすか」

本来ならばこの時間は部活に精を出している時間だ。大会はもうそこまで迫ってきている。

「だって、おまえは副部長でゴリラは部長だろ?さすがに両方残ってけー、なんて言えねぇよ」

そう言いながら銀八はそのへんに置いてある椅子に座り、ジャンプを読み始めた。
土方はとりあえずさっさっと終わらせて部活にいこう、と思ったが一体どれだけ整理すればいいのか。
全部やるとなれば部活なんてとうてい無理だ。

「あー」

何か思い出したかのように銀八は土方の顔を見て、

「あとは俺の隣の机にある資料をこのファイルに挿んでくれればいいから」

きっと大量にプリントがあるに違いないと思っていたのに、実際は多くもなく少なくもなく、まあ普通の量だった。
彼なりに気をつかったのだろうか、何はともあれありがたいことだ。




作業中とくに会話はなかった。
銀八と廊下やなんかで会うと、いつも喧嘩が勃発しているのでなんだか変な感じだった。
別に気まずいわけではない。この雰囲気はむしろ逆だった。

「何、ぼーとしてんの?」
「してたら悪いのかよ」
「いんや、別に」

そう言って銀八は時計を見る。

「うわっ、もうこんな時間かよ」

針は五時半をさしていた。季節は夏で、まだ充分外は明るかった。

「何かあんのか?」
「うん。仕事」

じゃあなんで今、ジャンプ読んでるんだ。と言いたかったが、止めた。
外へ出かけるらしく、白衣を脱でいた。
銀八が白衣をきてないところを土方は、初めて見た。そもそもなんで着てるのかは不明だが、脱いだ方がよっぽど教師らしく見える。

「(いつもこの格好でいればいいのに)」

こっちのほうがずっと似合ってる、
と土方は内心で思った。

その瞬間、銀八と目があった。

やばい、ずっと見ていたと分かったら、変に思うだろうか。
急いで目線を逸らそうとしたとき、銀八がこちらへ歩いてきた。
その手にはジャンプ。

「はい」

「………は?」
「いや、なにそのリアクション。実は自分マガジン派とかいって、実は気になってんだろ? 貸してやるよ」

「………は?」
「いや、おまえ、二回目はないよね。これだけ言わせてその冷たいリアクションもないよね」

どうやら、銀八は俺の視線に気づいてはいたがその先は自分ではなく、
自分の傍にあったジャンプに向けてだと思ったらしい。

「じゃあそれ、来週の月曜日返してね」

そう言って俺にジャンプを持たせすっと俺の横を通り抜けた。

銀八の横顔を見るかぎり、あいつの目の中にはもう、ジャンプも俺もいなかった。
そのまま続く廊下を歩いていく。



「おい!」

おもわず大声になってしまった。それでも構わなかった。

銀八は自分に向けられたことだとわかって、こちらを振り向いた。



「これ、月曜日のいつおまえに渡すんだよ」



普通の質問をしているはずなのに、やけに顔が熱くなるのを感じた。

銀八は少し考えてから、

「また、放課後においで」

少し笑みを含んだ顔でそう言った。








放課後の準備室、土方は一人で床に座って壁にもたれていた。
誰も見てないだろうと、煙草に火をつける。

くそっ、と土方は思う。
さっきの銀八の顔と言葉が頭の中で反芻していた。



彼が大人であると感じた。
近くに行こうとすればするほど、遠くにいってしまう。
これならまだ、くだらない喧嘩をしていたときの方が銀八を近くで感じていた気がする。

つまり、そこまでが、俺の入っていける領域だった。

ふぅーと煙を吐く。


「(入ることができる領域…か)」


座ったまま少し遠くにある窓から空を見る。
もう六時くらいだろうか。薄暗くなってきていた。

「(そんな領域とか、よくわかんねぇよ)」







自分はまだ子供だ。そんな事をいちいち考えるだけ無駄だと思った。

距離とか踏み込んではいけない領域とかどうでもよかった。

とりあえず、

『来週の月曜日、またおいで』

今はそれで充分だし。



そう思い、土方は目を閉じた。




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