他の先生からは、坂田先生は意外と生徒想いなんですね、とよく言われる。
そう思われてもしかたがない。なにせ生徒想いの俺は週に二回、不登校の生徒の家にいっている。
つまり週に二回の家庭訪問だ。

高杉晋助。
彼がその不登校の生徒だ。学校でのそいつの噂はすごかった。薬をやってるとか、淫売してるとか。
その『家庭訪問』を最初にしてくれといったのは校長だった。
最初聞いた時は、めんどくさいと思った。
学校に行きたくないなら、来なければいい。義務教育は終わったのだから好きにさせときゃいいのに。
しかし校長直々に言われ俺も断れず、しぶしぶ行くことになったのが最初だ。






高杉の住んでいるのはでかいマンションで、一人暮らし、らしい。
高校生のガキ一人にこのでかいマンションはもったいないと思った。
子供が邪魔だと思ったんなら、狭いアパートとかでよかったんじゃないかと、高杉の親に言ってやりたい。

とりあえずのチャイムを押す。

「・・・だれ」

ドアを開けて初めて高杉を見た時の第一印象は目つきが悪い。
元からなのかは聞かないことにした。

「お前の担任の坂田だよ。今日から週二回、家庭訪問すっから」

そう言って俺はずかずかと中へ入った。こうでもしないとこういう奴は絶対に俺を入れない。
俺がリビングのソファに腰を下ろすと、思った通り。

「てめぇ、何勝手に入ってきてんだ。てめぇが来たところで何も変わんねぇぞ」


声は冷静だった。勝手に知らない――といっても担任教師と名乗ったわけだが、男が急に入ってきてその冷静さ。
面倒な子だ、と思った。


それでも俺は週二回、家庭訪問するから。と言って、返事もきかずにその日は家を出た。










ピンポ−ン


「・・・だれ」
「家庭訪問の日」


ガチャ

何回目だろうか、このやりとりも。最初の家庭訪問からは随分経つのにこればかりは変わらない。
この部屋には俺ぐらいしか来ていないだろうから、そこまで用心しなくてもいいのに。


家庭訪問で俺が高杉にしてる事は、ただTVを見たり、後は話をすることだけだ。
どうでもいいこととか、たまにクラスのこと。
今日はまたゴリラが好きな女にボコボコにされてるのを見たけど、実は女の方もそんなに嫌ってないんだよ、
嫌よも嫌よも好きのうちって奴だね。確か、そんなことを話した。



高杉はたまに俺の話で笑ったりする。

初めて高杉の笑った顔を見たときは衝撃的だった。
その顔は思った以上に子供だった。見た瞬間俺が思ったのは、



きれい



毒気も何もない顔だった。この顔をまた見たいとも思った。
そのせいなのか、こいつを絶対に汚したくない。汚させたくないと強く感じた。

そんな気持ちは当然ながら生まれて初めてだ。





「おい、銀八」
「・・・・・・・・・あ?」
「なに、ぼーっとしてんだよ。再放送始まるぞ」

そのままドラマの再放送を見て家庭訪問は終わった。
帰りの道で俺は変なことを考えた。



『もし、高杉が学校に来たらどうしよう。』



高杉の評判は最悪だ。いろんな噂が飛び交っている。
でもそれは全部嘘。俺はそう思っている。
高杉を信じてのことじゃない。笑ったあの顔がそう思わせる。

学校に行けばイヤでも噂は耳に入ってくるだろう。



そしたら?

前みたいに笑ってくれるのか?


不可能だろ。


そんな噂に高杉が相手にしない事ぐらい分かってる。
でも、何事もなかったかのようにできるとも思えなかった。


あの時の顔、


汚させたくない。

きれいなままでいてほしい。

だったら答えは簡単だった。




高杉をずっとあの広すぎ部屋に閉じ込めておけばいい。



俺は考えるのを止めた。
そもそも俺が家庭訪問をしている目的は高杉を学校に来させることだ。
俺だって面倒さいとは思ったが最初はそれをしっかり理解していた。
でも今は、そんな目的を忘れていた。
ただ俺は高杉と会うためだけに仕事をが終わっても忘れずに通っていた。


つまり会いたかったんだ。



こんなことを書いてあったら俺が高杉に恋してるみたいに思うだろうが、そうではない。
俺はただ汚れて欲しくないだけだ。
ずっとそのままでいて欲しいだけなのだから。


だから俺は絶対に手を出さない。いや、出せない。
だって、出したらきれいじゃなくなるんだよ?


俺があいつと同じ位置に立つことは不可能だ。
あいつが立っている場所は俺からとても遠過ぎる。
実際、同じ位置に立とうなんて俺は思ってない。
もしそうなったら俺はもう家庭訪問なんてしないだろう。



気付けばもう、俺の城が見えてきた。
あいつの部屋の半分くらいしかねぇ小さい城が。











ピンポ−ン


「・・・だれ」
「家庭訪問の日」



どかっとリビングのソファに座る。

「おまえさぁ、その『だれ』っていうのやめてくれよ。なんか、警戒心丸出しで怖いから」
「俺は用心深いんだ」
「あー、そうですか。 お、再放送はじまる」
「それ、つまんなくね?」


俺の高杉に対する気持ちは歪んでいる。

恋愛感情とはこんな気持ちも入るのだろうか。
人それぞれだろうが、俺は違うと思う。
でもよくわからない。わかることは、遠い存在であるということ。






だから俺は週に二回、


こいつがきれいなままかを確認する。



それしかできないと思った。

とゆうか他になにをすればいいのかわからなかった。














高く飛ぶなんて
      不可能だろう?
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