今日、学校はいつもより少し騒がしかった。

なぜかなんて俺には見当もつかない。
修学旅行も終わった六月にはもうテストぐらいしか大きい行事は残されていないはずだ。
まぁ、実のところ盛り上がっているのは三年生だけなわけが・・・




「土方さん、聞きました?」
「あ?」
「あの高杉が制服着て、歩いてるのを見たってヤツがいるんですって。」

山崎は、やけに必死に、そしてなんでか知らないが焦りながら早口にそう言った。
俺が、高杉って誰だ?と言うと、山崎は驚いて、知らない方がいいですよ。と小さな声で言った。





その直後、

高杉らしき、見覚えのない男が教室に入ってきた。
片目には包帯が巻かれている。
その時、教室にいた生徒全員が高杉を見たに違いない。
俺はドア近くの席だったから入ってくる高杉を椅子から見上げるようにして見てた。

その時、

高杉と目があった。


高杉は意外にも自分の席を覚えていたようだ。窓際の後ろから二番目。
俺の席とは真反対の位置に迷わず座って、机に頬杖をついて、窓から見える景色を黙って見ている。

しばらく静まっていた教室もまた、ざわつきはじめた。
ほぼ高杉の話題だろう。


「ほんとにあいつ来たよ」
「つか、あの片目なんだよ」
「どうせ男にやられたんだろ、ほらあいつ、部屋に連れ込んでるらしいから」


「おい、山崎」
「ああ、気にしない方がいいですよ。ああいう噂は、あることないことネタにして自分達が楽しんでるだけですから」

山崎の言う通りだった。
噂に群がっていた奴らは口では「うそ〜」「うわ、マジかよ」と
声をあげるわりに目は好奇心でいっぱいだった。

じゃあ、どういう意味でさっき、知らない方がいいって言ったんだよ。
と俺が聞いたら山崎は顔色変えず、



暴力的な所があるのは本当らしいですから、


と言った。




つくづく喰えない奴だ。









「はー、落ち着く」

昼休みの屋上で、白い煙りを大量に口から吐き出す。
そんな事も、できるのがこの場所だけだというのに腹が立つ。
沖田が風紀委員の仕事をサボってどこかへ行き、山崎が捜しにいってはや30分。
近藤さんは志村(姉)にアタックしてる事だろう。


あ゙ー!腹が立つ!


サボる沖田も帰ってこない山崎も近藤さんのフラれた回数もとにかく腹が立った。

「くそ、最終的に俺しか残ってねぇじゃねぇか」

せっかく落ち着いたのに、また思い出してイライラしてきた。

「いかん、いかん」

そう言って、頭の中からあいつらを追い出す。




「なにがいけねぇの?」

びっくりして後ろを見たが誰もいなくて、
隣を見たらフェンスに背中をもたれ座っている高杉がいた。

「別に、・・・独り言だよ」

全然気が付かなかった。
こいつ、いつからここにいたんだろうか。


「お前、全然気付かねーのな」

高杉は人を馬鹿にしたように笑った。
いや、もとからこいつはこんな笑い方なんだろうか。
高杉は胸ポケットに手をつっこみ、中を探り始める。
煙草か、もしくは・・・・
噂を間に受けるタイプではないのだが、薬的なものでも持ってるのだろうかと疑いたくなる。
だってこの男は、俺から見たって怪しかった。

「お、あった」

そう言って高杉が取りだしたのは薬でも煙草でもなく、写真だった。

「クラス写真・・・」

思わず声にでてしまった。
高杉は俺を見ると、にやりとした。

「お前が、多串ねぇ」
「おい、なんでその名前で呼んでんだ」
「ある男から聞いたんだよ、マヨネーズ好きの多串君」
「マヨネーズ好きはあってる。けどな、俺の名前は土方だから」
「ふうん」


高杉はそう言うと、写真をじっと見ながら言った。

「なんで、俺がお前知ってんだって、聞かねぇの?」
「興味ねぇんだよ」



俺はフェンスに向かって煙を吐いた。
細い網目を通って煙草の煙が飛んでいく。

「誰が俺に教えてくれたかも?」

高杉は、じっと俺を見た。
ニヤついてなくて、なんだか子供みたいな顔だと思った。


「・・・興味、ねぇよ」




煙草を床に落として、上靴で踏む。
高杉は、そう、とだけ言って写真を見ていた。






ホントは俺を多串と呼んだ時点で知っていた。

けど何故か、知っていると言えなかった。

そうやって俺を呼ぶのはあいつだけだと、

みんなは俺を多串なんて呼ばねぇと、



何故かあいつに話せなかった。




なんだかそれを話したら、全部知れてしまいそうで怖かった。
初対面なのになにを・・・と思うかもしれないが俺にははっきりそう感じられた。

その子供のような目が俺をさらに苦しませた。



だから、あんな風に言った。


知らないとも、

知ってるとも言わず、

ただ俺はそんな事どうでもいい、

そう言って逃げた。



高杉は写真をまたポケットに入れると、なぁ、と俺を呼んだ。
振り向くと、煙草くれよと言った。俺が渡すと高杉は静かに吸った。
吐き出す息の音も聞こえなかった。



「そんな顔して、煙草は吸い慣れてんのな」

俺が呟くと高杉は、まあね と言った。



「煙草の吸い方はあいつに習った」



高杉はちらっと横目で俺を見る。

俺は、軽くため息をついた。























不器用に生きていくよ





「興味ねぇよ、」


灰色の空をのぼっていく高杉からでる煙草の煙をみながら俺はまた逃げた。















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