部活も終わったのに、女子達の黄色い声がまだ聞こえる。
校門を出て少し歩いたところにある坂道を俺と土方さんは二人で歩いていた。
朝、自転車で登校した俺は、自転車を引きながら土方さんの少し後ろを歩く。


「近藤さんも沖田さんも追試だそうですね」

特にこれといって話す事もなかったので、土方さんも当然知っているだろう話をした。

「ま、当たり前だな」

土方さんは振り返りもせずにそう言った。
なんとしても振り向かせたかったので、

「あ、土方さん。喉、渇いてないですか?」

そう言ってカバンからペットボトルを取り出した。
俺の願いが叶い、土方さんは振り向いてペットボトルを取り、じっと見た。

「・・・飲まないんですか?」
「山崎、これなんてやつ?」

え、と言って俺はラベルの名前を読んだ。
すると土方さんは、無理。と言って俺にペットボトルを投げ返した。

「苦手な味とかですか?」

俺が聞くと、あー、まあそうなるな、となにやらはっきりしない返事が返ってきた。
土方さんらしくない、と俺が言うと土方さんは俺の顔を見て、小さく言った。



「俺、炭酸飲めねぇんだよ」



「え?」

俺は反射的に疑いの声を漏らした。

いや、飲めないって・・・




炭酸が?



いや、そりゃ飲めない人もいるでしょうよ、あんな刺激水。

でも、土方さんですよ?

もう存在そのものが刺激物みたいな人が飲めないって。
俺は笑いを押し殺すのに必死になった。

「おい、山崎」

土方さんの不満そうな声が聞こえる。

「ふえ、ちょ、すみません」

俺が苦しい返事をすると土方さんは俺の頭を思いっきりはたいた。



「痛っ!」

「てめぇが、んな声だしてるからだタコ」

笑いなんてさっきの一喝で全部落ちましたよ、と言うと土方さんはまた俺の前を歩いた。

実際、笑いの波は通り過ぎたが、よくよく考えてみると炭酸飲めないとか、可愛くないですか?
いや、さっきまでは笑い止めるのに必死であんまりそういう事には考えてなかったけど。
そう思うと俺は無性に土方さんを愛おしいと思えてきた。俺は確信する。


自分はこの人が好きなのだと、


今まではあやふやではっきりとは分からなかった。
なにせ男だし、この感情は恋ではなくて憧れではないのかと最近思い始めていた。

でもこの感情は憧れとか理想とかそんな大それたはものではなくて、もっと親近感があった。


「(ずるい人だなぁ)」


俺はつくづく感じる。
初めは俺も己の趣味を疑った。後に、ただの憧れなんじゃないかと思うようになった。
別にそれならそれでよかった。好きになった所で意味がないことは分かってたし、
土方さんが誰を見ているのかも俺はほんのり分かっていた。

でも今日、確信した。




ああ、恋だ




って。

本当にズルイ人ですよ。今更になってまた俺をその気にするなんて。
でも惚れてしまったのだから自分の負けだ。
そもそも自分がこの人相手になにか勝った事があっただろうか。
この人が相手じゃ、なんにも勝てはしないのだ。



「あ、そういや山崎さぁ。髪、切ったよな」

土方さんは俺を見て言った。
今更ですよ、と俺は言う。

「沖田さんに切られたんです」

俺は片手で鋏を作り、左に動かした。

「ばっさりいかれたわけだな」

土方さんは口の端をにやりとして言った。

「そうですよ。あんたが邪魔くさいって言った部分がごっそり」


俺は前、中途半端な髪が後ろにたれていたので、小さくそのたれた髪を束ねていたのだ。
ほら、最近のリボーンの獄寺君的な髪形だった。
それを土方さんは邪魔くさいと言い、沖田さんはなんの断りもなしに後ろからばっさり切った。



「しっかし、こうして見ると、物足りねーな」
「あんたが切れ切れ言ったんでしょう」
「いや、そしたらたすっきりするかなーって思ったんだよ。なんか切っても、もっさいままだからさ」
「うるせーよ、どうせ地味だから髪切っても特に変わんねーよ!」


そんなやりとりしてる間、土方さんは楽しそうだった。

とりあえず一段落つくと、土方さんは煙草を取り出して俺の顔を見た。
俺は、さっきの炭酸を一口飲む。


「あんまり変わらねぇってんなら前の方がよかったかな、俺的に」



平気な顔でそんな事を言ってくるのだからたちが悪い。
ほんとにこの人は、と俺は思う。
もう自分の気持ちをぶちまけてしまいたい。




だって、

あなたは知らないでしょう?



俺があんたに対してこんな感情を持っている事、

持っているから他の人は違う目であんたを見ていること。



炭酸が飲めないと聞いた時、意味もなくあんたを抱きしめたくなったこと。






あんたは全部、全部、知らないでしょう?



土方さんは俺の前にいる。
俺はなにも考えず、土方さんの腕をひっぱった。
途中、頭の中で「マジでやる気かっ!?」と自分の声が聞こえたがもう遅い。





がしゃん。



自転車が倒れる音だった。
俺が手を離したせいで不格好に倒れた。
自転車の車輪が倒れたショックで、まだチリチリと静かに音をたてている。



「山崎、」

俺の腕の中で土方さんが冷静な声をだした。

こんな時でも土方さんは冷静だった。
それは、相手が俺だからですか、
相手があの人だったら土方さんはどうしたんですか、

いろいろでてきたけど、
口にするのを躊躇う言葉ばかりだ。
ただ俺は一言だけ呟いた。


あなたのせいですよ、


と。



俺がこんなことしてるのも、

俺がこんな気持ちになったのも、


全部あなたがさせたんですよ土方さん。


俺はただ何にも言わずに土方さんの肩に顔をうずめた。

土方さんは俺を受け止めた。
ドラマのように後ろに手を回す訳でもなく、
だからといって俺を引きはがそうとはしなかった。
ただ立って俺を受け止めた。

俺は、もう一度だけ言った。



「あなたのせいなんです」


下の方で小さく、シュワシュワという音を聞いた。
土方さんが飲めない、と言ったあのジュースが落ち、零れたのだろう。

飲めないと言った液体は泡がぱちぱち消えて、俺が見るころにはただのぬるい砂糖水になっている事だろう。



土方さんでも飲めるくらいの。























ぜんぶ、ぜんぶ、
     あなたのせい

















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