「このままでいいのかもしれません」
放課後の国語準備室で沖田君が言った。
部活はどうしたのと聞くと一言、サボった、と言って、行儀悪く机の上に座った。
「いいのかなぁ、有能な後輩がこんなとこ来てさ、」
「今は山崎の顔、見たくないんでさぁ」
沖田君は淡々と言った。
彼はぼんやりとした顔で窓から見える景色を見ている。
「このままでいいのかもしれません」
沖田君はさっきの言葉を繰り返した。
俺は黙って自分の仕事をする。
「俺も山崎も、たぶんこの位置から動けねぇんだ」
そこに俺が入っていないのは好都合なのか不都合なのか。
それとも俺の事など沖田君の頭にはもとから入っていないのか。
山崎 退。
52点。
採点中のテストの点数だ。
地味に悪い点数をとるなぁ、と俺はなぜかしみじみとした気持ちになる。
沖田君の目線は相変わらず。先生がいるって事分かってる?
と、問い掛けたくなるくらいに、まっすぐ外を見ていた。
こちらは、一度も見ない。
「山崎も俺も、土方さんもこのままですよ」
「不毛だなぁ、」
俺がしみじみとそう言ってやると、やっと沖田君はじろっと俺を見た。
不毛で結構、と沖田君は言いきった。
「(臆病者)」
瞬間、俺はそう思う。
「だってそうなりゃ、誰も傷つきませんよ」
沖田君はおどけた声をわざと出して言った。
「子供だね」
俺は赤ペンを置き、椅子をくるっと回して沖田君のほうを見る。
「子供ですもん、」
と沖田君。
「大人でもあるけど、」
と俺。
どっちなんですかと聞いたので、俺はどっちだろうなぁ・・・とだるい声をだした。
結局この子は、自分が傷つくのが怖い。
相手が傷つくのはもっと怖い。
彼は勘がするどい。
だから怖くて動けない。
みんなちょっとずつ苦しくて、傷ついていて。
彼はその状態を望んでいる。
それは子供の我が儘なのか、大人がたくさん使う諦めなのか、
正反対の事なのだがどっちなのか分からない。
だって俺、そこまで頭良くないし。
「まあ、でも、沖田君の思い通りになるかどうかは怪しいぞ」
「分かってますよ、」
沖田君はふぅとため息をついた。
人間は欲深いから、と俺が言うと沖田君はまた、ため息をついた。
「俺は自分が思った以上に欲が少ねぇ男なんですね」
「先生も欲は少ない方だよ」
俺がそういうと沖田君は明るい顔して、机の上から俺を見た。
「似てますね」
「似てるかな」
「似てますよ、俺と先生」
「どういう所が?」
「臆病な所が」
沖田君は楽しそうに言った。
よくまあ、そんな酷い事を愉快そうに言えるもんだ。
沖田君は俺の思っていた以上に大人だった。
子供の我が儘?
大人の諦め?
そんな事はまだ分からない。
けどこの子は、自分の事を痛いほどよく理解してるようだ。
よく恋は盲目と言う。
沖田君とは無縁の言葉だと思う。
もちろん俺にも。
子供になりたいと思う。
自分の欲求を第一に考えてもう、盲目状態でつっぱしりたいと思う。
もう面倒さい事考えずに抱きしめてしまいたい。
それができたらどれだけ恋愛は簡単でお手軽なのか。
俺が思うにこの位置から動けないのは山崎や土方ではなく、俺と沖田君なのではないのかと思う。
動けないのは臆病者。先が怖くて前に進めない奴。
しかし、俺はその事を沖田君には言わない。
言わなくてもきっと分かってる。
俺を臆病だと言った沖田君なら、彼らが自分と同じようにここから動けない臆病者ではない事ぐらい分かってる。
「ようはそうなってほしいなーって事ですよ。夢ですよ、夢。」
沖田君は人の考えてる事まで分かるのだろうか、俺は内心びっくりした。
勿論、顔には出さない。
足を子供のようにぶらぶらさしている沖田君を見て思う。
彼が言った夢という言葉はは子供じみていて素敵な響きだった。
それすら、もう