「すごいじゃないですか沖田さん、」
「勝って当然」
俺が感極まって言った言葉を沖田さんはばっさりと切り捨て、体育館を出た所にある水道に向かった。
「いやぁ、でもあの試合はすごかったですよ」
俺が言うと沖田さんはへーへーと適当な返事をして蛇口をひねる。
勢いよく出る水の流れを阻害するように、沖田さんは腕を伸ばし水を手で掬って顔を洗った。
俺は、その腕の細さに少し驚きつつも何も言わない。
沖田さんが、そうやって細いとか小さいとか言われるのをひどく嫌がるのを知っている。
松平コーチ(みんなからはとっつぁんと呼ばれている)が会うたび、
もっと食ってでかくなれとか、筋肉をつけろとか、口うるさく言うからなんだろうけど。
「おい、」
え?と我に帰ると一瞬、時が止まったような感覚に陥る。
目に入ったのは沖田さんの手の平。まっすぐこちらに腕を伸ばしていた。
その手は、思ったよりも小さくて、俺よりもはるかに血豆がたくさんできていた。
なんだか華奢な腕にその赤黒い血豆があまりに似合わなくて不自然だった。
血豆は、日々の努力の証、なんて綺麗なもんじゃなくて、なんだか不気味に感じた。
「(こんなに小さいから)」
「(これ以上ボロボロになったら死んでしまいそう)」
沖田さんの手が、の話。
小さくて、力強い感じには見えないそれは、
剣道の強さとは反面に弱々しく見えた。
誰か支えてやらないと、
でも誰が?
「山崎、タオル」
「あ。あぁ、はい」
そういえば自分が持っていたんだと思い出し、タオルを差し出した。
沖田さんの手がするりとタオルを取り、ごしごしと顔を拭いた。
「そういや山崎、天才はえらく早死にするらしいですよ」
******
一緒に帰るから待っててくれ。
そう言われ、高杉が日誌を書き終わるまで待っていた。
高杉の前の席に座って後を向いて日誌を書く様を眺める。
高杉は今日やった教科を黙々と書いていた。
俺はその光景がなんだか可笑しく思ってしまう。
こんな雑務、こいつは絶対やらないと思っていた。
しかしまあ、待っているというのも暇なものだ。
「おーい、トシ。ちょっといいか」
ひょっこりと教室のドアから顔を出して近藤さんが手招きしてる。
ちょっと行ってくる、と声をかけると、おぉ、と心ここにあらずの返答。
こいつが集中するポイントが理解できない。
近藤さんからは部活の予定表をもらった。
冬休みでも部活はある事はあるがだいぶ少なかった。
少なすぎねぇか?と言うと、しょうがねぇよトシ、とやんわり言われた。
10分位たって教室に戻ると、なんとまあ高杉は机につっぷして寝ていた。
こいつの集中力は10分足らずで切れるらしい。帰ろうと誘った本人は居眠りの真っ最中だ。
ゆすっても声をかけても起きる気配がなかったので、ほっといて帰ろうと席をたつと手首を掴まれた。
「・・・・・なんだよ、」
「びびったろ?」
「くだらねぇ事すんな」
「まあ、そう言うなって」
変な夢を見たんだよ、
と高杉は言った。
「だからわざとじゃねぇ」
「どうだかな」
高杉はにやっ笑い、手を離した。
高杉はかばんを持って、帰るかと言った。
日誌はどうしたと聞いたら、もう書いた、と言って俺に日誌を投げた。
中を見ると本当に書いてあった。
高杉は得意な顔してほらな、と言っていつもと変わらない様子だった。
ただ違ったのは、先程掴まれた高杉の手は湿っていたこと。
(夢を見たのは本当らしい)
その夢を俺は知らないが、それでも何かあったらそうやって教えてくれればいいと思った。
******
それは何気ない所作。
例えば冷蔵庫のドアを開けて閉めるとか、そんな当たり前のこと。
沖田君が机に寝そべり自分の指の皮をいじくっていた。
痛いからやめなよ、と俺は言って手で沖田君の所作を止める。
すると沖田君は今度は、俺の手にあるササクレを剥がしはじめた。
痛いからやめろっつーの、そう言ってもがっちり掴んでで離してくれない。
「先生の手、俺とおんなじ温度でさぁ、」
そう言いながら進行形で俺のササクレを弄んでいる。
あぁもう、とにかく離してくれよ、そんな事言わなくたって嫌んなるくらい気付いてる。
(やっぱり似てるのが嬉しくて悲しい)
******
夢を見た。
真っ暗な夢。
嫌な夢だ。
俺の隣にいる男は顔がない。
誰かわからなかったが隣にいて嫌な気持ちにはならなかった。
むしろ楽。となりにいる男は俺に笑いながら話している。
でもその内容を俺は聞こえない。
夢の中の俺は耳がなかった。
男は立ち上がり、暗闇の奥へ歩いていった。
俺は焦り、その男の手を握る。
すると男は優しく握り返してから、また離して奥へ奥へ行ってしまった。
いやだいやだと俺は叫んだところで目がさめた。
土方があっけにとられて俺を見ている。
あ、俺こいつの手を掴んでた。
内心で安堵した。
ああ、よかった。お前じゃない。
触れた腕の暖かさは夢の男よりも生きてる感じがした。
(でも、その優しくてどこか冷たいぬくもりを俺は知っている)
手に手をとって
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