馬鹿じゃなくてよかった。

土方さんを見てるとホントにそう思う。
ヤツは周りなんて(とくに自分の近くほど)見えちゃいないから、
知らないうちに人を落胆させていたりする。
それがもう、俺にとっては可笑しくて仕方ない。
俺はいつもその瞬間、なんで気付かねぇんだよ阿呆、と内心で馬鹿にしてやる。
教える気なんかさらさらない。
自分で気付け、そんでもって気まずそうに謝ればいい。
ザマーミロ土方。






喜ばしい事に、今日は午後から雨が降った。雨の日の匂いが、俺は好きだ。
晴れの日のからんとした匂いより、少し土の匂いが混じったような匂いの方が断絶いい。

「雨は好きなんですけどねぇ」

天気予報なんて見ない俺は、傘を持ってきていない事についさっき気づいたのだ。
誰もいなくなった昇降口で俺は屋根の下から空を見上げる。

うす黒い雲が全体に広がって、一切の光も今は許していない。

俺は雲も好きだ。
この雲の下から先には行かせない、と言われているような気がする。
どこまでも上がある青空よりもはるかに俺は好きだ。


「沖田君、傘ないの?」
「あったらこんなとこでぼけっと空見てないですよ」

声の主は先生だった。
俺がそう言うと先生は、そりゃそうだ、と納得した。
あの、と呼ぶと、

「残念ながら俺もない」
「そこは持っててくだせぇ」
「ホントすいませんね」

謝る気がなさそうな声で先生が謝った。

「てかお前だけだよ、残ってる生徒」
「マジですか」
「うん。俺ももう施錠して帰ろうとしてたから」

俺はそうですか、とだけ言って、
立っているのに疲れてしゃがみこむ。
先生も隣で来てしゃがんだ。


「止みませんね」
「たぶんずっと降るぞ、これ。沖田君、濡れて帰る?」
「絶対嫌です」

俺は語尾を強めてそう言いはなつ。
先生は困った顔をして、じゃあどうすんの、と言った。
俺はなんだか、何にも考えたくなかったから地面を見つめ、黙りこむ。
先生は先帰ればいいじゃないですか、とは言わなかった。


先生は水溜まりになったグラウンドをしばらく見て、ごめんと言った。
なんですか、と俺は下を向いたまま聞いた。

「嘘ついた、」
「どんな嘘を?」
「実は俺、傘もってんだよね。あ、でも沖田君の分までないんだ。」

ごめんねと先生はまた謝った。





なんだか変な気持ちだ。

くすぐったくて、

悲しくて、

悔しい。

俺は顔をあげなかった。顔がじわりと熱くなるのを感じた。



俺はあんたと違って、馬鹿じゃなくてよかったって思いますよ、土方さん。
でも、この時ばかりは馬鹿になりたいと思いました。


馬鹿になりたい。

馬鹿になって、なんで嘘なんてつくんですかぃ、と聞いてやりたい。

馬鹿になって、ひどい人だなって笑いながら言ってやりたい。

そしたら先生は少し悲しそうに笑って、うん、本当にねって。

それだけでいいのに。

なのに自分は馬鹿じゃないからそんな事言えやしない。


「あー、馬鹿になりたい。」

俺がそう言うと、

「沖田君、俺達充分大馬鹿者だよ」

と先生が笑っていった。






ああ、本当。
馬鹿は土方さんじゃなくて俺の方だった。
























机上の空論
















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