土方が俺に惚れている。

別に自惚れてる訳じゃない。まず確信した訳じゃない。
それは何となく、ふと頭に浮かんだこと。
俺はその仮定を誰かに言うつもりもなければ、土方を気にかける訳でもない。
告白されたわけじゃないし、違ったら大恥だ。本当ならばそれこそ大変だが。
下手な少女漫画じゃないんだ。勘弁してくれ。

そう俺は軽く考える。

ただ普通に。

平常心に。

そう接するだけじゃないのか?もし、本当ならば。
いつも通り学校で顔を合わして、口喧嘩を少しして、何も変わらない。
このままなんだろうなと俺は思うよ。

クドイようだがもし、本当でも。





ある夜、自宅にいる俺の携帯が鳴った。土方の親からだった。
夜の9時を回っても帰ってこず、メールも電話も応じないというのだった。
俺は独自に捜して、見つかったらすぐ連絡します、とだけ言って電話をきり、素早く近藤にかけた。
が、近藤は知らないと言い、大きな声で「俺も捜す」と言うのをなんとか止めた。

しかしなんでこんな日に、と俺は思う。
今日の天気は夜から雨だぞ、おい。
俺はビニール傘を掴んで、アパートの階段を駆け降りた。
正直、どこにいるかなんて検討もつかないが早く外に出て捜すしかない、そう思ったからだ。


土方を見つけるのに時間はかからなかった。
文字通り、ホントにかかっていない。

俺が慌てて階段を駆け降りた所で、土方はずぶ濡れになって息を切らして、立っていた。
走ってここへ来たらしい。俺は土方の腕を強く掴んで、屋根の下に来るようにこちらへ寄せる。
話は後だ。とりあえず連絡。そう思ってズボンのポケットから携帯を取り出すと、
土方は一言、やめてくれ。と俺に言った。


とにかく今の土方なら、いつ風邪をひいてもおかしくないので家に入れた。

「とにかく風呂、入ってこい」
「・・・着替え」
「俺のを使え」
「・・・・下着はどうすんだよ」
「俺の」
「・・・・・・・。」
「何か文句?」

いかにも何か言いたげな顔をしていたが、土方は素直に従った。
そりゃあそうだろう。それしか着替えるものがないのだから。

土方が風呂に入っている間俺はこたつに入ってやれやれ、とため息をついた。
一時はもっと大きな騒ぎになるかと思ったのだから力が抜けた。
テレビのチャンネルをかちかちと変えるが何にもやっていない。
ドラマもほぼ終わって、くだらない特番しかない。
時計を見るともう10時だった。
ガラガラとうるさい音がして、風呂場のドアがあいた。

「おい、」
「何?土方君。顔だけ出して」
「石鹸!」

土方の一言に俺は、はいはい、と言って重い腰をあげる。なんだかこのやりとり夫婦みたいだな。
石鹸を取りに俺が脱衣所に入ると、風呂場のドアがまたガラガラと閉まった。

・・・何だよ、こいつ。

軽く避けられたような気分を味わいながら、脱衣所の洗面台の下の棚から牛乳石鹸をとる。

「多串君ー、石鹸。」

がらりとドアが開く。
結局こうして向き合うのだから、閉めた意味なんてないのに。

「ん。」
「ん、」

土方が出した手に、俺が白い石鹸をのせた。

ガラガラとまた閉まるドア。
こいつはやっぱりよく解らない。


さてと、またこたつに入ってぼーっとしている俺。
何かを忘れている気がするが、思い出せない。
もう親に連絡はしてある。今夜は俺の家に泊める事に決めた。
先程のずぶ濡れの様子からするとなにかしら理由があって、家に帰りたくないのだろう。

ふむ、と自分が忘れている物を必死で考える。
確か服部に言われていた気がする。ジャンプか?いや、でももっと重要な何か・・・

あ、思い出した。

土方が出てくると同時に、俺は急いで机を叩いて立ち上がる。
そして土方の肩をがしりと掴んだ。

「なんだよ!?」
「土方君!」
「・・・なに」
「小テスト!!」
「・・・は?」
「小テスト! 」
「・・・あのな、単語で言われても」
「作るの手伝だって!!」





間。





「・・・いつまでなんだ、期限?」
「明日!!」








間。








ゴスッと鈍い音を俺の頭が出した。

痛い。




「あんた生徒にこんな雑用手伝わせて恥ずかしくないのかよ」
「まさか、全然」

俺がデスクでパソコンをいじり、
土方はその後ろの机で俺が作成したプリントを三枚ほどまとめてクラス全員の分をホッチキスで止めている。

まさか恥ずかしいだなんて。寧ろ先生は手伝ってくれて嬉しいです。
まあ手伝うと決めた理由は、俺が今日ここに泊めてやるとい言ったからだったが。

「・・・これ、あとどんだけ止めればいいんですか?」
「あと2クラスかな」
「あ、そう」

土方は無言でバチバチとホッチキスでプリントを止めている。

「・・・なあ土方、今日は疲れただろうから、そのクラス終わったら寝に行ってもいいぞ」

土方はじろりと俺を見た。

「んなことはいいから、さっさっとやれ」

の言葉と同時にホッチキスが飛んでくる。

「痛いよ馬鹿。」
「芯がねぇ。」
「ああ、芯ね。」

要は最後まで付き合ってくれるらしい。



全ての作業が終わって、俺が伸びをして振り返ると土方は机に突っ伏していた。

「お約束だもんなぁ・・・」

そうして土方を抱き抱えて寝室に向かう。

「悪いな、土方。」


寝顔がいつもより幼い土方を見て呟く。
やっぱりこいつは泊まらせるべきじゃなかったかな、と今更後悔した。
ベッドに土方を降ろして目に被っている前髪をはらってやる。




土方が俺に惚れている。

あくまでも仮定の話しだ。確信なんてない。
ただ、ある時授業で土方の視線が熱を帯びていたから、そう思っただけだ。



ホントに、

ただそれだけ。


羨ましいさらさらの前髪をはらってやる時、細かに睫毛が震えていた。

「土方」

ぼそりと試しに呼んでみる。
ゆっくりと不安そうな顔をしながら土方は目を開けた。

タヌキ寝入りがばれた事を気にしているせいか、少し頬が赤らんでいる。

俺の手はまだ前髪を触ったままだった。
土方のとまどっている声が聞こえる。
だが何を言っているかは頭に入ってこない。
俺の頭の中に、一つの疑問が浮かぶ。



赤くなっているのは俺が近いからか?


それともう一つ。



もし、仮定から確信に変わったら俺はどう受け止める?



俺は一時停止をしていたのだろう、土方の何度目かの「先生」で我に帰る。

「あ、悪い土方」

髪から手を離し、立ち去ろうとした。

その時に。

誰かが腕を掴んだ。

土方が起き上がって俺の腕を掴んでいた。
何も言わないけれど何か言おうとしている。

「(馬鹿、言わなくても分かるよ)」

これはお前の意思表示だ。




その瞬間、

正直、困った。逃げたかった。
土方が好きとか嫌いとかそんな問題じゃない。

先生と生徒。

こんな問題だろう?

・・・あ、ほらそうやってもう既に俺はこいつから逃げている。
でも、お前じゃなくたって俺は逃げるよ、土方。


先生と生徒。


その線を越える勇気が俺はない。

俺はどうも自分を客観視して自分のことも他人行儀にする癖がある。
俺は恋愛に冷静だ。どこか冷めていて、どこか逃げている。

そこが俺とお前の一番の違いだ。
まさに正反対。素晴らしいくらい。




笑ってしまう。
違いがあまりに大きくて。





想いを寄せられていても、お前がどこか遠い理由がなんとなく分かった。
お前は俺を好きだと言うけどさ、土方。俺の中でお前は俺の隣にいないんだよ。

お前は、ずっと俺より上にいる。




笑ってしまう。
あまりに遠すぎて。




笑いすぎて、



泣けてくる。



それでもこうして震える手で俺を掴むお前が可愛くて。























ひどいひと
















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