「はーい。もう回収、手ぇ止めろー」



えー、とかうわぁ…、とか生徒のテンションの低い声がざわざわと教室に広がる。

「漢字の小テストは今まで通り、10点満点中6点未満は居残りだかんな。
 あと、今までの直し出してねぇ馬鹿は、放課後国語準備室にこい。自主的に。」

一気にそこまで言って教室を出る。



あー、教師ってめんどくせ。採点して、点数かいての毎日だよ。
てか、今日俺何時に帰れるんだろ。家に仕事持って帰りたくねぇし、この採点今からするか…。
あ、じゃあ今日呼ぶんじゃなかった。あ、でも誰も来ねぇか。俺自主的にとか言ったし。


あーあ、とボヤいて準備室に入る。そして眠さとだるさで机に突っ伏す。
いつものことだ。どうせ誰もこねぇしちょっとくらい休憩したっていいだろ。








がさがさと物音がして意識が戻る。
うるせぇなぁ、窓閉めときゃよかったと心底後悔。
はぁ、とため息をついて起き上がると



「あ、先生起きた。」


「………なんでいるの」



心底残念な顔したと思う。


「沖田が来たから起きたんですかね」
「ねぇ、なんでいるの?」


面倒臭いので無視したら、沖田君はつまらなそうに目を細めた。


「あんたが呼んだんでしょ」
「まさかお前、素直に来たんだ」

ええ、とだけ言っていつ作ったやつなのか紙ヒコーキを手で弄んでいた。


「お前、その紙ここのだろ」
「大丈夫でさぁ。見たところ大事な紙じゃないんで」
「あ、そ」
「で、先生 自主的に来た偉い真面目な素晴らしい俺は、何をするんですかい?」
「あー…そうさなぁ。先生がいるこの部屋で、おめーが溜まっている直しを全部片付ける」
「せんせぇー。今までのプリントなくしましたぁー」
「うわぁ、ナメてるわ。こいつ教師超ナメてるわ」



じゃ、俺することないんで。
と言って沖田君はスポーツバッグを肩にかけてドアに向かう。

「ねぇ沖田くん、」
「はい?」



「なんで、ここ来たの?」



振り向いた少年の目がまっすぐ俺を映した。


「あんたがそう言ったから」
「プリント持ってないなら、別に来ても来なくても一緒でしょ」


席をたって、少年が手をかけているドアに手をつく。

「いや、先生は意味ないなんてことないでしょう?」



なんてムカつくガキだと思ったね。
高校生のくせにそうやって、大人を困らすようなコト言って。
だけど、いい年こいてその高校生に困らされてる俺もどうよ?

「先生、手 どけて下さい」
「お前、自分から望んできたのにもう帰るの?」
「やることがないですから」
「これからつくる?」
「何を、」
「やること」


なに、と少年が言いかけた言葉は口を塞いでいわせなかった。
少しだけ開いているドアが気になった。
でも、少年がドアに背をつけている今の体勢じゃあちょっとばかり無理がある。
かと言って、閉める為に少年から唇を離してしまうのも勿体ない。
とか、思っていたら少年が手をかすかに動かしてドアをゆっくり閉めた。


「誘ってる?」
「いや、見られちゃまずいと、」
「まぁそらそうか」
「都合のいい解釈しないでくださいよ」


キスまでさせてそらねーだろ、と内心俺。


「沖田君はさあ、誰とでもキスするの?」
「…誘われたらします」
「案外簡単だね」
「そうですね」

やはり聞くべきではなかったな、と後悔。少し萎えた。



「ひどい奴ですよ」

「誰が?俺?」
「いや、自分自身です」

沖田は諦めたようにそう言って、笑った。


ひどいんです、先生が想像してるよりも俺はずっと。

なにそれ?

重ねるんです。俺は人に人を重ねてちょっと興奮して。
あぁでも現実は…ってなってまたちょっと萎えて、寂しくなって。
そんな風ですから。俺と寝るの。




少年は俺の手するりと抜けて、作った紙ヒコーキを窓から投げた。


「あらら、すぐ事故っちまった。風のせいですかね」
「おめーの投げ方がわりーんだよ」
「んなこと…」
「へたくそ」


そう言ったら何て顔してるんですかぃ、と言われた。
情けねぇ顔してんだろう、と言うと、男の情けない顔もなかなかいいものですよ、と言って眼鏡をとられた。


「おい、」
「そそられるってことですよ」



椅子に座っている俺の上に少年は俺と向き合うようにして乗る。

「お前の悪い癖、俺にもうつすの?」
「それはどうでしょう」
「秘密はよくねぇなぁ」
「あんたこそ、秘密ばっかだ」

まあ、確かに…と納得。納得したからキスをした。
ほんの少し少年の身体が強張った。


「お前年上は初めて?」
「もうあんまりしゃべんないでくださいよ。デリカシーがねぇ人だ」

熱いからか少し頬を赤らめている少年は幼く見えた。






どれぐらい時間がたったのか。
初めは強張っていた少年が、今じゃあもう俺の首に手を回していて、そこからも熱が伝わってくる。


「(あーあー泣いちゃって)」


進行形で泣かせているのは俺なんだけど。
いや、だって泣かせたくなるよ、可愛いし。


少年の限界に達っする鼻につく小さい声が聞こえた。
と、同時に回された手が少し首を絞める。

首が熱い。




『重ねるんです。人を人に。』




「おい」
「……?」
「今、…誰がお前とヤってることになってんだ?」
「なに言って、…」



とにかく熱くてさ。

とにかく熱くて、ただでさえ狭い部屋なのに、こんな二人して椅子でヤってたらもう最上級。



「………、」
「言えよ」

「言えって」
「…っ、」
「沖田、」
「せんせいですよ」



沖田は、テストで欠点を取ったが実は頭がいい生徒であることを俺は知っている。
悲しいことだ。







行為を終えても、沖田はぐでんと仰向けに寝転がったままだ。まずいことに下着姿のままである。
今、誰かがこの部屋をこじ開けようものなら、俺は開けた瞬間におさらばすることになる。
制服きれば?と言ったら、暑いからやだと言われた。 大丈夫か、と声をかけたら、さらに嫌な顔をされた。


「あんた、全然心配してねーでしょ」
「なんでよ」
「そんな顔です」


失礼な、俺はそこまで非道じゃねぇ。
タバコを口に加える。



「俺、あんたとヤりましたよ」



仰向けに寝転がっている沖田が目だけちらりと俺を見る。

「ー…嘘だね」
「いや、ほんとですって」


沖田は上半身だけ起こして、タバコをふかしてる俺を見た。


「なんなら付き合います?」


そう言った沖田の顔は随分こざっぱりしている。ヤった後だから?
俺はするするあがっていく煙草の煙を見上げた。


「どうします?」


「バーカ、逃げんなよ。」


俺の答えに沖田は、意味が分らないという顔をした。当然だ。


「たぶん、俺とお前じゃこれから先なんも変わらねぇから」



本心だった。

沖田はもう、曲がりに曲がったどうしようもない馬鹿な奴で、それは俺も同じだった。
沖田は、俺とヤったんだと言った。だが、俺は自分を納得させる為のくだらねぇ嘘だ、と思った。
納得できるように、自分でそうだったのだと決めこむ。ホントを無視して。


「…今日お前とヤってみて気づいたわ。
 将来前途有望な若者をここでこんなオッサンに近づかせるようなマネできねーって」


このままじゃ、お前俺みたいな中途半端なおっさんになるぞ、ともつけたした。
沖田は、何も言わなかった。ヘタレとも、意気地なしとも、何も言わなかった。
怒っているのか、はたまた悲しんでいるのかも分からない。
沖田はただ俺をじっと見ていて、俺も沖田を見返した。


「ほんとのこと、言えよ。誰と重なった」



俺の問いに沖田は答えなかった。
ただ、煙草くさっ と呟きながらカッターシャツを腕に通して、着替え始めた。
しばらく服と服がこすれる音しかしなかった。


「んじゃ、最後に腹立つんで2個だけ聞きますよ、せんせー」


学ランを着て俺の前に立つ沖田の表情は無意味に偉そうだった。



「なんで俺はよくて、土方はダメなんですかぃ」


その問いに俺は一瞬止まる。シンプルな質問だった。いや、シンプルすぎた。


「俺はあんたの生徒で、でもあいつもあんたの生徒ですよ」
「…優しいね、お前」


沖田は不愉快そうに眉をひそめた。


「どこが。あいつの為じゃねぇ、これは俺が最後の優越感得る為に聞いてんだ」
「まぁ、怒んなって。…そうだなぁ。
 お前は確かに生徒だけど、俺から見たら生徒ってゆうより、同士みたいなのが強かったからか?」
「この若さであんたと同士…」


苦々しい表情をつくる沖田。
俺はそれを見て笑った。


「だから、お前に惹かれたわけだ。ぶっちゃけお前、外見だけで中身全然若さねぇしな、」
「ひでぇことさらっと言いやがる」


これで分かった?と聞いたら、沖田は頷いた。


「んじゃ、ラスト。何で俺とヤったんですか?」


沖田が俺を見る顔は無表情なりに少し不安が見えた。




「………賭け?」

殴られるかな?と思ったが沖田は殴らなかった。 ただ一瞬、唇が震えたのを俺は見逃さなかった。
沖田は、それから少し笑った。

「じゃあ、これはあんたの勝ちだ」


沖田はそれだけ言って、俺の横をすぎる。



「頑張れ、少年。」



ちゃかして言ってやると、沖田はちらりと振り向いた。



「言ってろ、援交教師」



精一杯の冷たい視線で沖田は言った。
そらねーだろ、と笑って返した時には沖田は俺を見ていなかった。






つまりここでやっと俺の賭けは終わったのだ。
結果は沖田の後ろ姿を見てわかった。清々しいくらいに、俺の負けだ。




「それでいいんだ。」


出た言葉は妙に確信をついたような声音だった。

























下手な恋よりずっといい
















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