俺さー、お前みたいなタイプがさー、女だったら
ぜってぇー好きになってさー、ヤりたいと思うね。


彼女にフラれたての坂田が酔い潰れてそう言って、
俺は特に深い理由もなくただその場かぎりの冗談のつもりで、


じゃあ、女だと思ってヤッてみるか?


と言ったら坂田は、冗談だろ?と笑うわけでもなく、
若干引いて酔いが冷めるわけでもなく、ただ、じっと酔った目で俺を見てから、
そりゃあもう客が大勢いる店の中で、大胆なキスをしてきた。





馬鹿とアホの話






バイト終わり、アパートの自分の家のドアをガチャリと開けると、
中から、だれぇ〜と坂田の気だるい声が聞こえてきた。

「お前…鍵かけろっつったじゃん」
「あ、わりぃわりぃ。」

反省していないのがばればれの返事をした坂田は、
俺のベッドに乗って、俺の雑誌をペラペラと捲っている。
こちらを見向きもしないその態度に、内心イラっとしながら肩から鞄を下ろした。

「ったく、そこ邪魔」
「ここ座んのー?ベッドの上じゃなくて床でよくね?」
「ここは俺の部屋」

強調してそう言うと坂田は嫌そうな顔をした。
寝転んで伸ばしてある坂田の足を無理やりどかしてベッドに腰かける。狭い。
狭い狭いと文句を言うくせに、坂田は退く様子がない。

「てめーなぁ、」
「なあ、土方」
「あ?なに?」

坂田は起きあがって俺に向かい合うように胡座をかいた。
なんだよ、と言うと、坂田はにやりと笑って俺の両手を軽く握って、子供がじゃれるみたいに横に揺らす。

「土方、」

あ、こいつ、と坂田の意図を察知した。バイト帰りで早々冗談じゃないと思う。

「だから、なに」

不機嫌そうに返事をする。(まぁ、実際不機嫌なわけだが…)


「しよーぜ」


坂田は基本的に馬鹿だ。自由きままに生きてる感じがすごくする。
早死にしそうだな、こいつは。例えば交通事故とかでポックリ。


「口、あけねーの?」


顔が真近に迫ってきた。俺はキスをせがむ坂田に対して、無視を決め込む。
じっと坂田を睨むように見返す。いつもちょっと開けるじゃん、と坂田。

「ま、たまにはいいけどね」

そう言って軽い声色とは対象的に無理矢理合わせて舌をねじ込んできた。


坂田を馬鹿だと憤慨したが、坂田が何をしたいか分かってたのに先に断らない俺も相当馬鹿だ。





坂田はたまにふらりと手ぶらで来ては、ふらりと帰る。
言っておくがはっきりした間柄じゃない。俺たちは自由だ。深いとこには干渉しない。
かといって行為が終わってはいバイバイ、という程ざっくりした関係でもない。
なんつーの?ピロートーク的なことをしたりする。多少な。とにかくはっきりしてないし、今後させる気もない。


「土方さ、初日のバイトどうだった?」
「あぁー。まぁ、普通」
「厨房のバイトとかできんの?できそうにないと思うんだけど、」
「余計なお世話。」

それだけ言って腕をのばし、ベットの上のほうに置かれたタバコを手に取る。

「お前は?」
「それがさぁー…なんか、いい娘がいてさ」
「はぁ?誰だよ。んで、いつからだ。」
「先週バイトに入ってきた新しい娘」
「言えよ、それ」
「だって、先週お前ん家来てねぇもん。火曜日来たけどお前いなかったし」

どうせ、女と遊んでたんだろーと坂田が言うので付き合わされたんだよ、と返す。

「またまた、彼女だろ?」
「彼女にするタイプじゃない」
「うわぁー…お前、何様?」
「俺様」

いやだわぁ〜こんなイケメンいやだわぁ〜と坂田が口を尖らせる。




坂田と知り合ったのは前のバイト先だった。
近所の地元の若者が来る感じの、ふつーの喫茶店のウェイターのバイトだった。
そんでたまたま坂田と被る日が多くて、坂田からふつーに話しかけてきて、とにかくふつーに知り合った。
んで、飲みに行かないか、って誘われたり誘ったりする仲になった。

そこまでは何度も言うがふつーのバイト仲間で、あの日のやっすい居酒屋で坂田が彼女にフられて、
ヤケになってアホみたいに飲んで(っていっても坂田はそんなに飲めない)、
坂田が変な冗談を言うから、俺も冗談で返したらキスされた。

で、そこから始まり今に至っている。
酒の力って偉大を通りこして怖い。

普通のバイト仲間からセフレ以上恋人未満に。
昇格なのか、降格なのか俺はよく分からない。

「あー、マジでヤれねぇかな」
「んだよ、してーだけかよ」
「いや、しっかり付き合うのとか面倒ってちょーっと思うじゃん」

アホくさ、と言って俺はベットから降りてしょぼいベランダでタバコを吸った。
夏だし夜だしそのうえ四階だし下着だけでいいか、とそのままで座ってふかしていると背中に重みがきた。
坂田が後ろから伸し掛るみたいに俺を抱きしめている。

「おめー、うぜぇよ」
「なぁ、そんなにうまいのソレ」

別に、普通。と言うと、ちょっと吸わして、とせがむので新しく一本取って渡す。

「バッカお前、お前が今吸ってんのだよ」
「はぁ?やだよ。つかパンツくらい履いてこいよ。マジキモい」
「じゃあくれたら履くよ」

チッと舌うちして坂田の口にタバコを入れた。すると坂田は一瞬でむせた。ガキめ。

「まっず、」
「普段吸わねぇならそうだろうよ」

なんで今更欲しがるんだよ、と聞くとお前がうまそうに吸うから。と言った。

「さっさと履いてこいよ。」
「もう一回いっとく?」

いかねぇ、ときっぱり言うと坂田はなーんだ、と言ってぱっと立ち上がった。

一回はっきり断ると坂田は大体すぐ諦める。
俺をいたわるわけでもなくさっきみたいな具合に「なんだよ、つまんね」っていう態度でだ。
坂田はガキ臭いっちゃあガキ臭い。







バイト帰りにウェイターで働く女子大生に声をかけられた。

「あの、今週の土日バイトで飲み会やるんで土方さんも是非」

こちらを見る目があまりにも期待と希望に満ち溢れている目で、あんまりそんな目で見ないでくれ、と内心。

「あぁ、わかった。考えとく」
「あの、アドレス教えてもらえませんか?」

別にいいけど、と返すとその娘は嬉しそうだった。
そういえば俺、坂田のアドレス知らねぇわ、と俺は喜ぶ彼女の顔を見てなんとなく思った。





「携帯?あー、前壊れてまだ直してねぇんだ」
「いつ壊れたわけ?」
「五ヶ月位前かな?」
「お前それ現代人としてどうなの?」

いや、別に困んねぇから、と坂田。たまにこいつはぶっ飛んでる。

「お前ん家だってふつーに鍵開けて入るし、帰ってきそうにねぇなって思ったら帰るし。ほら、なくても困らない」

でもお前、鍵を郵便ポストにいれるのはどうかと思うよ、と坂田が付け足す。
昔からそうなんだよ、と俺。

「お前、バイトの娘とうまくいきそうなの?」
「まぁまぁって感じ。お前はねぇのかよ、バイト先とか大学とか」
「今日アドレス聞かれた」
「うぉ!マジかよ。バイト?」

おー、と返すと何系なの?と坂田が興味津々という感じで聞いてきた。

「お前ってホント女好きだよな」
「男なら普通だろ?で、なにギャル系?清楚系?」
「よくわかんねーけど、その間らへん?」
「うわぁーマジかよいいなー女」




坂田が動くとベッドが軋む音がしてそれを聞くたびに俺たち何やってんだ、と思う。
後ろから腰を掴んで男のソレを挿れられる時、まだなれない圧迫感に苦しみながらも、
どこかで快感がちらついて、苦しいのか気持ちいいのか、正直よく分からない。


「さかっ…た、」
「痛って、締めんなっつの、」


坂田は器用だと思う。
指出したり入れたり最終的に挿れたり、男相手なら尚更めんどくせー事を丁寧にするのだから。

「この、ものずきっが…」
「お前も相当物好きだろ?」

野郎相手に勃ててんだからさ、と坂田が言う。
お前には負けるわ。と内心。よくもまぁ いいなぁ女は。と毎日のように女女言ってるのに
こうして、男とヤッてんだからやっぱりお前は俺より物好きだ。


『じゃあ、女だと思ってやってみるか?』


なぜか自分の言葉が脳裏に浮かんだ。




「だっる、」

上半身だけベッドの上の布団から出して座ってると、坂田もひょこりでてきた。

「そう機嫌悪くすんなって。悪かったよ」

じろりと坂田を見る。隣で裸の坂田はなに?と言った顔だ。何も考えていない、ように見える。
一回軽く息を吐き、俯いてからちらりと坂田を見た。

「俺はてめーの女じゃねぇよ」

坂田は一度固まって、なにそれ?と嘲笑うみたいに言った。

「べっつに」
「つまんねぇこと言うなよ、」

つまんねぇって何がだよ。





その日は偶然だった。
バイトの飲み会に行って、みんな酔っ払ってカラオケいくぞ!カラオケ!
と大声で騒ぐ奴らにいやいや着いていき店を出ると、向かいの居酒屋から男と二人で店から出る坂田を見た。
相当できあがってるらしく坂田はだらしなく相手にもたれかかっている。
相手は坂田よりも年下っぽくバイトの後輩かなにかだと思った。

「土方さんも二次会行きますよね?」
「え?いや、」

この間、アドレスを聞かれた娘に聞かれ、口篭っているとふと車が止まる音がした。
振り返ると坂田がさっきの男とタクシーに乗っていくところだった。

「土方さん?どうかしたんですかー?」
「いや、…行くわ二次会」

なにかを感じた。

今日は、うちには来ない。
そりゃ世の中そんな野郎同士で、なんてほとんどないわけだがなんでか思った。
坂田はあいつと寝るんじゃないかと。

(だって基本誰でもよさそーだろあいつ)





目が覚めるとどこかの趣味の悪いラブホテルだった。
やっべー、やらかした。久しぶりなこんな自分に呆れながら隣を見るとやはりアドレスを聞いてきた娘で裸だった。

「(俺ちゃんとゴムつけたよな?)」

とりあえず、どうしたもんかと思いながらもタバコを取り出して火をつけようとした。 すると隣の女から腕が伸びて、口にくわえていたタバコを奪われた。

「タバコ、あたしだめなの。」


いや、なんで急にタメ口?
その娘がタバコを灰皿に潰す。俺が眉をひそめるとちょっと笑ってキスをしてきたので、やめろと言った。
なんで、と聞いてきたから 昨日のことは何も覚えてねぇんだと暴露した。
怒って出て行くかと思っていたがその娘は そんなこったろうと思った。ホテルに行くようにしたの私だし、と言った。

「は?」
「一応聞いたよ?土方君酔ってたけどさ」

そしたら、いいって言ったもん。とその女。
頭が痛い。昨日その女の言う通り酔っ払っていたせいか吐き気がした。
とりあえずこいつの顔は見たくなかった。大丈夫?と伸ばされた手を俺ははらう。
なんで、と女。俺は、その気もねぇのに悪かった、と謝った。

「これからつくればいいじゃないですか、その気ってやつ」


なんだろう。無性に、あいつの顔が見たいと思った。







家の近くについてふと携帯電話を開くと時刻は朝の8時だった。
はぁーとため息をついて入り口で自分の部屋のポストを見てちらしと鍵をとる。
鍵がある、やっぱり坂田は来ていなかった。だるい。重い足をなんとか持ち上げながら階段を登る。
四階につくひとつ手前の階段の所に坂田は座っていた。

「お前、なにしてんの?」
「お前待ってた」
「は?」
「なんか、家入るの悪いかなって」

ちょっと機嫌悪かったじゃん。前。そう坂田は言った。


いつから?
始めから。
いつだよ始めって。
始めは始めだよ。最初からって意味。




坂田は馬鹿だ。

とにかく自由すぎる。来ないと思ったらいるし、携帯は俺には持ってないというし。

「馬鹿じゃねぇの?」
「お前こそ。なんか顔疲れてるけど。あ、さてはなんかやらかしたんだろ?」


昨日の夜からいたのかよとか、
今さっききたばっかなんじゃねーのとか、
結局バイトの娘はどうなったんだよとか、
聞きたいことが色々あったが、なんだかいつも通りふつーの坂田の顔を見たら、
ベタな話だが、なんだかもう全てがどうでもよくなった。


「…誰でもいいんだろ?」
「なんの話?」

「坂田、」
「なに?」
「しようぜ」

いいよ、と坂田はいつもより少し声を落として、でもなんでもないような顔で言った。





部屋に入るなり、お互い立ったままで坂田がいきなり首にキスをしてきて、甘いと言った。

「なに、」
「お前、昨日女とヤってきたろ香水の匂いがする」
「ヤったのは確かだろうけど、覚えてねぇ」

最低だなおまえ、と坂田は愉快そうに笑うから、お前はどうだったんだよと聞いた。

「俺?だからお前を待ってたんじゃん」

嘘をつけ。嘘を。

「まぁ、そんなお前も逆に興奮するからいいけどね」
「なんで」
「女抱いたお前を俺が抱く、それ唆られる」

そう言って技と音をたてて首筋を吸う。
アホだこいつ。と思いながら顔をあげた坂田にキスをした。

俺も相当なアホである。






「俺のチンコって実は甘いの?」
「は?」

事後、坂田がわけのわからないのことを言った。

「そんな人間いねーよ、気持ち悪ぃ」
「いやだって、お前うまそうに咥えるから」
「言ってろ馬鹿」

いやいや、本当にそう思ったんだって。と坂田。

「でもタバコの時と違って自分じゃ確かめられねーだろ?」

ほんと馬鹿だなーこいつ。とぼんやり思いながらタバコを吸った。
なぁ、聞いてる?と坂田が覗き混んできた。

「聞いてる聞いてる」
「あ、そ。じゃあ俺のチンコとタバコどっちがいい?」

俺が変な顔した。あたりまえだ。

「じゃあ、てめぇはどっちがいいわけ。」
「土方のチンコ。タバコ苦いから」

じっと坂田を見る。なに?と言う顔をした坂田。

「なぁ、どっち?」
「じゃあタバコ味のお前のチンコ」

我ながらアホなこと言ったな、と思う。

「土方、」
「なに?」
「もう一回咥える?」
「は?もうしねーよ、しんどい」
「今なんかきたんだよ。萌えっていうのか?なんかそうゆう感じ」

意味わかんねぇ、と言って起き上がろうとすると坂田に腕を取られ、またベッドに寝かされる。

「お前なんか今日しつこ、…あれ?」
「なに?」

坂田がしつこい。

そのことに坂田はきょとんとしている。
まぁ、気づいてないならいいけど。

「あと一回でいいからさ」
「もう好きにしろよ、」

マグロ?まさかのマグロ?

うるさい坂田の声をぼんやり聞き流しながら、
今朝のホテルの女と、今のしつこい坂田にまんざらでもない自分とが微妙に重なった。

結局の所、みんなアホなのだと思う。





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