夜の道を一人歩いていた。
その日は満月で、夜も深かったが視界は人工的な明かりがなくともはっきり見えた。
季節は春だった。道の脇には桜の木が生え、どれも満開だ。
風に吹かれ名残おしそうにはらはらと散っていく。
土方はその散ってゆく花びらを見た。前もこんな景色を見たことがあった。
いつの頃だったか。
まだ自分の髪が今よりいくらか長かった頃だろうか。確か、近藤さんが急に夜桜を見に行こう、と言ったのだ。
まるで興味がなかったが、無理矢理に連れていかれた。
ほらほらいくぞ、と首を腕でがしりとかかえていく近藤の行く先にはまだ幼い沖田と姉のミツバが立っていた。
ミツバはくすりと笑い、沖田はミツバにべったりくっつき土方を睨みつけていた。
新しいものがなんでも珍しい沖田は近藤を連れてはしゃいぎまわっていた。
その後でミツバと土方が歩く。
「すいません、あんまりのり気でなかったのに」
もとは私が提案したんです、とミツバは申し訳なさそうに行った。
土方は、いや、別に。と言った。
「今、楽しいですか?」
自分の顔を見つめてそう真剣に聞かれては土方は困った。
今楽しいかと言葉をそのまま受けとったとして、正直興味がないのだからつまらなかった。
まだ若い彼にとっては剣の稽古をしている方がよっぽど楽しかった。
がそんなことは当然言えるはずもなく、
「たまには、こうゆうのも悪くないな、と思う」
と返す。すぐに返事がかえってこないので自分の心を読みとられたのではと思った。
恐る恐る少し俯いている彼女の顔色をうかがうと、少し頬を紅潮させ小さな手で自分の口元を隠してた。
彼女は、自分や回りに聞こえないように小さな声でよかった。と呟いたのを土方は聞いた。
この時、この人を抱きたいと思った。
だがそれは欲求や本能を率先していった事ではなく、
それはひとを愛おしい気持ちが初めて彼の中で生まれた瞬間だった。
今更だがあの時、彼女の手をとっさに握っていれば何か変わっていただろうか。
ふと歩くのをやめて立ち止まる。自分の手の平を見てみる。その手には昔のような血豆はなかった。
木刀しか握ってこなかった手から、刀を握る手に変わっていただけだった。
彼女の手をとっていたら何かが変わっていた?
「(どうせ無理な話だ)」
そう思った。
昔にしろ今にしろ俺には、彼女を抱く手などない。
帰り道、花、君の影
( 変 え た い 。 変 え ら れ る と は 思 わ な い 。 )