なにも知らない。
先生はどこで先生をやめているのかとか、彼女がいるのかとか。
「どこで先生やめてるアルか?」
「んなもん家に帰ったらに決まってんだろーが」
あぐ、と焼きそばパンを口に入れようとしていた沖田に訪ねたらそう返してきた。
「ひや、ほしかしたらひえひゃへほひゃあらない」
大きくかぶりつかれた焼きそばパンを見守る。おいしそうと可哀相が一緒にくる。
沖田の言うことはもう解読不能だ。役立たず。
「銀ハねぇ・・・私生活もどうせそのまんまだろ」
どうせ、やけにその呆れたような言葉が響いた。
話を聞いた高杉君はなぜか放課後の教室で縫いものをしていた。
「ていうかなんでお前はこんなことしてるアルか?」
「家庭科であっただろ、マイ箸袋とかゆうの。まだ終わってねーんだよ」
くそ、こんなんぜってー使わねぇのによぉ。
そう言って縫う高杉君はいつもよりなんだか面白くて、怖くなかった。
「なんで先生って呼ばないアルか?」
「はっ、今更先生とかキモいだろ」
今更?昔から知ってるみたいな口ぶりだった。もしかしたらそうなのかもしれない。
ちょっとだけ気になったけど、聞かないことにした。別に関係ないもの。
先生と高杉の昔からの関係とか、私の中ではどうでもいい。
私が知らない先生は、私には関係ない、はずだ。
「ま、あいつは基本的に無関心だからなぁ、」
廊下を走っている。
先生がいる教室に向かって歩幅をいっぱい広げて走る。
私の嫌いな太陽の橙色の光が、走っている廊下をオレンジにした。
「(早く、早く、)」
なんでこんなに急ぐのかわからなかった。
わからないけどノロノロするわけにもいかないのだ。
暑い。もう十月なのに。走ってるからだ。首の後が特に。
「こらー、神楽ぁ。そんなめいっぱい廊下走って何してんだぁ。校舎で運動会か?」
たるそうな声が後で聞こえた。
え?となって足を止める。止まると少し息がきれてるのに近付く。
何をそんなに焦ってるの?と先生は訪ねる。
「だって、だって、気付いたらもう十月だヨ」
気付けば高校三年生。
約三年間通って、こんなに広い高校で知らない教室なんてないのに先生のことなんにも知らない。
「うかうかしてられないヨ!」
気持ちばかり焦って、思わず涙が少し出た。
先生分かってる?一年は365日あって、それをかける3したからもう三年なんだよ。
「時間がたらないアル・・・」
先生の顔があんまり見れない。カーディガンの裾で涙をごしごし拭く。
困ってるかもしれない。
泣いたから驚いてるかもしれない。
「うん、そうだなぁ・・・お前らじゃあ三年なんてあっという間だもんな、」
先生はそう言って大きな手で頭を撫でた。
「俺もね、もう一回一年生してくんねーかなぁって思う時あるよ。まあ、あいつらの前じゃ絶対うぜーから言わないけど。」
だから内緒にしてね、基本的に先生はクールを貫いてるから、
そう言ってぽんぽんと軽く頭をたたいた。
「どこがクールアルか、一文字もあてはまってないヨ。」
涙が止まったから悪態をつく。うわぁ、ひでーと笑いながら先生は手を離した。
「じゃ、先生これから会議だから、気ぃつけて帰れよー」
「うん。じゃあね、先生。」
お互い反対の方へ足を動かす。少し進めて立ち止まる。
止まるとぺたぺたと先生のいつもはいてる安っぽいサンダルの音がどんどん遠くなる。
「(あ、泣きそう)」
私はまた走る。あ、先生に言われたばかりだ。いや、かまうものか。
先に遠くにいくのは、本当は先生じゃなくて私なんだ。
私の嫌いな太陽が私の通る廊下を明るく照らした。
夕暮れの足音
( タ イ ム リ ミ ッ ト は せ ま っ て い る )