私は自分が本物のMである事を自覚しているから、当然好きになるのはSっ気がある人だった。
SとM。そんな二人がカップルになれば当然別れる事なんてそうそうない。
だって、お互いに芯から満たさせれる素敵なカップルが誕生するのだ。
だからいつも私はSっぽい人を好きになって、告白して、付き合っていた。
でも、大抵私から別れを切り出した。

なぜか。

Sじゃないからだ。
どの人も優しい。私の求める理想像とはかけ離れていて私は飽きた。
というか今思えば、本当にSな人なんて1人もいなかった。
でも私は出会った。この人しかいないと思った。なんでもっと早くここにいなかったんだろうと後悔した。


私が男と出会った場所は、細長い薄汚れたビルの一階にある『Mっ娘クラブ』だった。
正確には、『Mっ娘クラブ』の前だ。男がそこから出てきたのを見たのだ。
男は銀髪で、なんだか近寄りづらい怖い雰囲気を出していて、死んだような、退屈そうな目をしていた。
私はその目にまず惚れた。それからちょっと怖そうな雰囲気にも。

好きな人ができると周りが見えなくなる私だがそれにしてもこの日の行動力はすごかった。
いっておくが、ひどくはない。とにかくすごいのだ。
私はまずその男にかけよった。

「あの、名前教えてくれませんか?」
「何で?」

私はその男の返した言葉にほんの少しゾクリとした。
私を軽蔑した声。動じることもなくただ私を不審な目で睨む目。
でも、そんな事で歓喜してる場合じゃないわ。とにかくこの出会いをものにしなければ。

「あの、私あの店で働いてるんですけど、その全然ノルマ?が達成感しなくて困ってて。
 もし常連さんなら私の名前を覚えてもらおうと思って」

酷い嘘だった。
なんで私の名前を覚えてもらいたくてとか言っといて相手の名前を聞くんだろう。

「あぁ、そうなの。今から出勤?」
「え、あ、はいそうです。ちょっと遅刻しちゃって」

その男はあっさり信じた。どうやら彼はかなり頭が悪いらしい。

「名前かー…あー本名まるまる教えるってもなー…じゃあ銀さんで」
「銀さんですか」
「うん。そう呼んで。てか普通にまぁまぁ可愛いんだから人気ありそうなのにあんた。メガネっ娘だし」

その言葉を最後に銀さんは私に背を向けてたので、私は焦って大声をだした。

「あ、あの!いや…真性すぎて、どうやらダメみたいです」
「……は?」

銀さんがキョトンとした顔でこちらを振り返る。

「ひっ引かれるんです。私がその…なんていうかついやり過ぎちゃって」
「あんた本物のMってこと?」

銀さんは一歩私に近づいて私の顔を覗き込んだ。

「そうです」

疑り深そうに私を見る目を私は見返す。

私達はまるで秘密の会話をするように声を潜めた。

「本当はどこまでいけるわけ」
「猿轡まではいけます」
「マジで?」
「マジです」
「俺もさ、やってみたいんだよなSMプレイつーの?」
「やってみませんか?」

そこから私と銀さんは知り合いになった。






別にセックスが先の恋愛もありだと思っていた。
思っていたから私達はたまに会って、夜には一緒に私の家帰った。
けれど、ある日のファミレスで銀さんは好きな人がいると私に言った。

「誰なの?好きな人」
「聞くんだ」
「私よりMなの?」

私は真剣だった。確かに付き合おうとも好きだとも言われなかった。
けれど、銀さんが、満足してくれてる事は分かってるつもりだったし私も満足していた。

「違うよ。たぶん、お前程変態じゃない」

銀さんは少し笑って言った。

「たぶん、私より変態じゃないんだ」

嫌味ったらしく返すと銀さんはまた小さく吹き出した。

「まぁMの素質はあるかな。でもプチストーカーみたいな事はしないからお前程変態じゃない」
「そう。でも私、銀さんは変態な女と付き合った方が長続きすると思うわ」
「男なんだ」



は?


「俺の好きな人、二枚目の色男。」

さすがにひいたろ?と銀さんは私に聞いた。
私は目をパチクリさせた。

「銀さんって、」
「何とでもどうぞ。なんなら殴ってもいい。ものによっては後でやり返すかもしんないけど」

「本当に本物の変態ね」

銀さんも私の答えに意外すぎたのか何回か瞬きした。

最低とか人でなしとかホモ野郎とか罵ってやろうかとも、この仕打ちをバネによがってみせてやろうかとも思った。
けれど、実際出てきたのは目の前の変態を感心する言葉だった。それしか出なかった。



そのあとも、
私はそんな変態の銀さんが好きで銀さんは私の知らない男が好きで、
それでもたまにこうやって会う。




でも最近、少し冷め始めてきた。

「あともうひと押しだったんだよな〜。さっちゃんからの電話がかかってこなかったら、
 ひょっとしたら、ひょっとしたらよ、さっちゃん。なんならキスだってできてたかもね、あのシチュエーション」

そう言って私の目の前に座る銀さんは自分の頼んだメロンソーダを手にとった。

「そうね。でも私、銀さんが好きなんだから黙って見てるわけないでしょ?」

私は自分が頼んだアセロラジュースを手にとる。綺麗でしょ?緑と赤。
並べたら綺麗になると思ってこれを頼んだの。並べてないけど。
そこなんだよな〜と銀さんはそれ程困っても、悩んでもいない声で言った。

「でも少しなんだ。俺は後少しであいつと付き合えるよ。どうするのお前」
「なにが?」
「俺が付き合ったら」

銀さんが普通の声色で聞いてきたので私はそうね…と考えた。
考えて、どうせすぐ別れるのは目に見えているから別れるのを待つわ、
と言ったら銀さんはそんなことないよ、と珍しく笑って言った。


私は銀さんの無表情が好きだ。
笑ったり泣いたりしてる銀さんより表情一つ変えずにいる銀さんをかっこいいと思う。
でも最近の銀さんは例の二枚目の男とうまくいっていて、前より楽しそうに見えた。
その顔全然かっこよくないわ。


「…銀さんはどうして私と会うの?」
「今日はさっちゃんが電話してきたから」
「いい雰囲気をぶち壊した女からの電話なんてでなければいいじゃない?」

どうして銀さんは私の電話に普通に出たの?

私はごくごく普通に、純粋に質問した。嫉妬や期待なんてなかった。

「…さぁ、何でかな。出なきゃいけないって咄嗟に思ったのか、まぁ何となくじゃない」
「銀さんは適当ね。とても適当。でも優しいわ」

銀さんがストローから口を少し離す。あの目だ。
最初に会った時に私に向けた軽蔑したような冷やかな目。

「私言ったじゃない?優しい人が嫌いなの」

私が型崩れしないお手本のような笑顔でそう言うと銀さんは眉を潜めた。

私は伝票を持って席を立つ。
銀さんは私を呼び止めない。当たり前よ。
そんな事したら軽蔑の意味を込めてビンタしてやるわ。



ファミレスを出て家まで夜の道を足早に歩く。
今までと同じ。ただ、今までの男より好きな部分が多かっただけ。
だから、別に明日になったらあんなホモ野郎の事なんて忘れるわ。
カツカツと響く自分の足音を聞きながら、私は一心不乱に歩いた。
そして、ある看板を見て立ち止まる。紫色のネオンで「Mっ娘倶楽部」と書いてある。

それは、銀さんを始めて見つけた場所。
うまく行くはずないわ、と私はポツリとつぶやく。
出会いがこんな人気のない薄汚い店の前なんだもの。

私は立ち止まってその下品な看板を見上げる。
悲しくなんてないはずなのに、涙がこみ上げてきた。

うまく行く恋愛は、
同じ大学とかサークルとか、花屋のバイトの先輩とか
もっとそういう華やかで活気があって綺麗なところでの出会いなのよ。

「…なによ、こんな汚い店の前で」



「何してんの」

聞き覚えのある声に私は涙を急いで拭く。

「こんな店の前で泣いて。お姉さん、この店の人?」
「もう辞めましたから」
「クビ、切られたんだ」

もともと働いてないわよ。
もう何とでも言いなさいホモ男。

「えぇそうね!ノルマが達成できなくてクビになったわ。真性なMは駄目みたい」
「じゃあお姉さん家に来なよ」
「行くわけないじゃない」
「即答かよ」
「話を聞いてなかったの!?普通あれで分かるでしょ!私は銀さんをフッたの」
「おいおい、俺たちがいつ付き合ったんだ?俺がいつお前を恋人にしたと言ったよ」


私は怪訝な顔で銀さんを見ると平気な顔をしていた。


「俺とお前は恋人じゃない。お前はいつか恋人にと思ってたかもしれないけど、
 俺からしたらお前はずっと質のいい売女だしね。あ、後さっきから一人で優しい人は嫌いだの、
 私がフッたのだのなに当然のように彼女ヅラしてんの」

そして銀さんはにやりと笑った。


「俺の本命は男だ」



今までそれなりに付き合ってきたけど、本当に泣いて本当に傷ついてる女の子に
こんな言葉を吐く男はいただろうか。


「だからフッたとかフられたとか、もう会わないとか家には行かないとか、そういうの俺らにないから」
「…銀さん」
「なに?」
「銀さんってつくづく最低だわ」

そう言うと銀さんは袖口を伸ばして私の顔を雑に拭いた。

「ぶっさいくな顔」


それから二人で歩いて帰った。

「ぶっさいくって始めて会った時は可愛いメガネっ娘って言ったじゃない。」
「言ったっけ?」
「言ったわよ。忘れるはずない」
「あぁいいよ。そういうのウザいから」
「上手くいくといいわね、イケメンと」
「そうだね」
「ねぇ銀さん。私、銀さんのこと自分が思ってるより好きみたいよ」
「気づくのが遅せぇよ馬鹿」


最低で最高の男に惚れて、それでいてこの関係は恋愛と呼べるのかもよく分からない。

でも私達にはこれ位が一番楽しいのかもしれない。
















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