「山崎ぃ、ちゃんとその魚に餌あげといてくだせぇ」
沖田さんは、金魚の事を魚と呼んだ。
俺が一度、これ、金魚っていうんですけど・・・なんて言ったら、
んなこと知ってらぁ、と、冷たく返された。
それでも沖田さんは、金魚の事を魚と呼んだ。
沖田さんは務めから帰ってくるなり、俺に向かって言った。
「餌、あげやした?」
「はい、」
俺が答えると沖田さんは、そうですかぃ、とだけ言って去って行った。
「(先に血、落としてからこればいいものを・・・)」
そんなに大事な物なのかと俺は一人、金魚を見て思った。
「なら、自分で世話すればいいのにね」
ガラスごしの金魚に向かって意味もなく呟いた。
沖田さんが金魚の餌について聞いてくるのも習慣になってきた。
「山崎、金魚の・・・」
「はい、あげましたよ」
俺がそう答えると、沖田さんは俺の顔を見てからやっぱり、そうですかぃ、とだけ言って去って行った。
その日の夜、俺は沖田さんの部屋に行った。
「失礼します」
「なんですかぃ、山崎」
「いや、聞きたい事があっ・・・」
見ると、沖田さんは風呂あがりらしく髪が濡れていた。
「そのまま寝ようとしないでくださいよ」
「口うるせぇ監察でさぁ」
沖田さんの座る後ろに回り、頭をごしごしと拭く。
「・・・あの金魚、なんであんなに大切にしてるんですか?」
沖田さんは少しだけ顔をこちらに向けた。
「生き物は大切にするもんでさぁ」
俺の顔をでっかい丸い目がじっと見る。
なんだかすごく圧迫感があった。
「いや、ほら、誰かに貰ったとか」
思わず目をそらし、言った。
沖田さんは前を向きなおす。
「近藤さんに・・・」
「はぁ、」
「近藤さんに貰いやした。」
「・・・なるほど」
俺がそう言うと、沖田さんはじろりと横目で俺を見た。
俺は咄嗟に、あ、独り言なんで、と言う。
あの不満そうな目は、彼なりの照れなのだろうか。
「(局長に拾われた金魚か、)」
何気なくシンクロする、
その赤い金魚と沖田さん。
その赤い金魚と土方さん。
その赤い金魚と俺。
「それは、大事にしないといけませんね」
沖田さんの髪を拭きながら俺は言った。
「当たり前でさぁ」
今度は振り向かず、沖田さんは言った。
拭き終わって、俺は改めて沖田さんの後ろ姿を見る。
小さくて、幼い後ろ姿だった。
「死なせては、いけませんね」
「・・・当たり前でさぁ」
沖田さんはまた同じ返事をした。
俺は沖田さんの部屋を出た。なんだか深い夜だった。
なんで、あんな事を言ったか、と思う。
別に後悔しているわけではない。ただの素朴な疑問だ。
『当たり前でさぁ』
「(ああ、そうか・・・)」
俺は一人で納得する。
沖田さんの後ろ姿のせいだ。
また、少し痩せた、小さな背中のせい。
白い首の細さのせい。
あれが俺に言わせたのだ。
「・・・死なせてはいけません、ね」
先刻言ったことと、同じ事を今度は一人で呟く。
聞き手のないその言葉は、秋の深い夜にのまれていった。
掬われた金魚
救われた僕ら