「永倉、あたしと局長明日いないから」

副長へ持っていくお茶をいれている時に沖田さんが来て、
それだけ言ってすたすたとまた行ってしまった。
同時に休みをとるのだから、局長と一緒にどこかへ行くんだろうか。
旅行とか?沖田さんと局長で?
いやでも温泉に行って同じ柄のゆかた来て一緒に歩く姿は想像しずらい。
局長には申し訳ないけれど怪しい光景になる。
おっさんが若い子たぶらかしてきてる、みたいな。
そんな事を考えながら、いれたてのお茶をもって副長の部屋に向かう。





「副長、お茶持ってきました」
「おー」


副長はもっぱらデスクワークだ。机に書類がどっさりたまってタワーになっている。
副長は煙草を灰皿に押し付けて、欠伸をした。


「あー、しんど」
「お疲れ様です」
「もう夕方じゃねぇか」


部屋から見える真っ赤な夕焼けの色を見る。
季節は葉月。夕方になったって、まだしつこく暑さは続く。


「暑いなぁ、おい」


副長もこの暑さには辟易しているようだ。
彼のわきにくしゃくしゃになったスカーフがおいてある。


「(あとできちんとたたもう)」


副長の前にお茶をおく。

「永倉くん、俺は麦茶よりいちご牛乳が飲みたかったなぁ」
「そんなもんうちにありませんから」


冷たくなったね永倉君、と言って茶をすする。
副長は、顔色もあまりよくないし目の下には少し隈ができている。


「副長、また徹夜ですか?」
「あ?あぁ、どっかの阿保がサボってばっかのせいでな」


あ、でもまだ大丈夫。一日しかたってないから。
と言って茶をすすりながら一枚の書類を手にとる。


「あ、そういえば副長。沖田さんと局長明日どこ行くか知ってます?」


ぴた、と文字を読む目が止まった。
なにかまずいことでも言ったのだろうか。


「いや、アレですかね。旅行とかすっかね」
「武州だよ」

へ?とすっとんきょうな声が出てしまった。副長はいつもどうりの声だった。
自分よく知らないが原田さんが言っていたような気がする。
局長と副長と沖田隊長の三人は若いときから交流があるとかないとか。


「あぁ、なるほど。・・・なんで副長はいかれないんですか?」
「俺はいいんだよ」
「…なんで?」
「お前ね。なんでなんでって子供か。」

あぁ、ごもっともです。はい。
確かに副長の言う通りで少し恥ずかしい。



「ったく、組でそう何人も上の位の奴が休むわけにゃあいかねぇだろ」
「なるほど。」
「そういやぁ、近藤さんはやけに土産持ってくらしいな」
「はい。局長がはりきって饅頭やら西瓜やらを買っていて・・・武州にはやっぱり家族とかに会いにいくんですかね」
「さぁね、会いたい奴に会いに行くんじゃねぇの?」

「・・・副長は会いたい人とかいないんですか?」



俺の問いに副長は一瞬止まって、そのあと俺かぁ?と微笑しながら言った。
副長は煙草を取り出して吸うと煙りを吐き出して言った。

「永倉君、」
「はい」


「あんまり野暮なこと聞くんじゃないよ」


そう言って困った顔で微笑む副長の顔がいつものだらけた顔と違って、
なんだか雰囲気があったので(あんまり認めたくないが)俺は聞くのをやめた。


廊下を歩きながらやっぱりあの人は大人だ、と思った。
なんだか見てはいけない一面を見てしまったような気がして少しドキドキした。








後日帰ってきた沖田さんと局長から、
沖田さんのお姉さんの墓参りに行ったということを、俺は聞いた。


『・・・副長は会いたい人とかいないんですか?』

『野暮なこと聞くんじゃないよ』



頭にそのシーンがフラッシュバックした。

「(・・・野暮なこと、か)」

さきほどまでうるさく鳴いていた蝉はきゅうに鳴くのをやめた。

たぶん、もう二度鳴くことなんてないと俺は思う。


















消えた夏
















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