残暑。
木々は青々として、制服もまだ夏服。
やく一ヶ月ぶりに着た夏服は軽かった。

登校中、同じ学校の女子を見た。
ブレザーはなく白いブラウスに水色のラインが入ったリボンをつけている。
男子はYシャツにズボンという簡素なものだが女子のほうは何やら凝っている。

「よ、トシ!!」
「・・・近藤さん」

近藤さんがニヤニヤしながらこちらを見てくる。
何だよ、と俺が言うとがしっと肩を組まれ耳打ちしてきた。

「やっぱりいいよなぁー、夏服。なんかこー新鮮味があるっつーの?」
「ほんの一か月前まで見てきたじゃねぇか」

いやいやでもさぁ、と近藤さんは言って夏服の素晴らしさについて語り始めた。
すると後から志村が来た。

「ああ!!お妙さんじゃないですか!!」
「あら、おはようございます。近藤さん」
「お妙さん!夏服がお似合いですよ」
「あらどうも。当然ですよね」

顔色一つ変えずに志村は言うと、こちらにも挨拶してきた。

「おはよう、土方さん」
「ああ、おす」
「相変わらずこりない人ですね。近藤さん。昨日丁重にお断りしたはずなんですけど」
「ああ、あの人は一度や二度振られたぐらいじゃ諦めねぇよ」
「もう十二回目なんですけど」

志村が笑顔でこちらを見た。
お前がなんとかしろ、と顔が言っている。
確か近藤さんは、この夏休み、お妙さんを花火大会だかなんかでものにするとか言ってたな。

「お妙さん!!よかったら今日の帰りどっかよってきません?」
「きません」
「俺いい店見つけたんですよ!カンボジアレストランで、」
「行かねぇって言ってんだろうが。つーかどこの誰が放課後にカンボジアレストランに行くんじゃボケぇ!!」

志村の素晴らしい蹴りが決まると近藤さんは地面にどさりと落ちる。
俺は、ふぅとため息をつく。

「おい近藤さん、大丈夫かよ」


このセリフ、


何も変んねぇなぁほんと。






*****


長い夏休みが終わった。
特に甘酸っぱい恋もなく俺、山崎退18の夏は終りを告げた。


玄関を開けていつものコースを歩く途中ため息がでる。
夏休みはこれといって何もしていない。した事といえば部活の合宿ぐらいだ。
なんの甘い思い出もなく忙しない学園生活に戻るのだ。
誰だってため息でるよ、これ。

「あ、土方さん」

俺の声にこちらを向いた土方さんが、ああ、山崎、と言った。

「あんま日焼けしてないんですね」
「まあな。お前もだけど」
「あー、特にどこにも行ってないので」

そう言って地面に伸びている我が剣道部大将を見る。

「・・・花火大会作戦、無理だったみたいっすね」
「おお、まあな」

土方さんはしゃがみ込んで近藤さんを起こした。
どうやら変わってないのは俺だけじゃないらしい。
そのことに少し安堵した。
もしお妙さんと進展するような事が起きてたら俺はたぶんショック死できる。


「おい、山崎。お前も手伝え」

はいはい、と返事をして、左半分を背負った。
嬉しそうだな、と言われたので俺は急いで否定した。


「おい。お前、夏休みどっこも行ってねぇんだよな」
「はい、そうですけど」
「だったら今日帰りどっか行くか?」
「あ、いいですねーどこ行きます?」

土方さんは近藤さんの胸ポケットから紙切れを出して俺に渡した。

「・・・なんでカンボジア料理?」
「近藤さんが志村を誘うつもりだったんだと」
「それで割り引き券、持ってんすね」
「そう。お前総悟に会ったら言っとけよ」
「はいはい、近藤さんの残念会だと言っときます」

土方さんは、ったく相変わらずだな近藤さんは、と迷惑そうに言った。

近藤さんの殴られてのびてる姿も土方さんのわざと迷惑そうに言う所も


ほんと、

何も変わってないなぁ、


と思って肩をすくめた。



まあ、それは有り難いんだけど。






*****


夏休み最終日、親の墓参りにいった。
姉貴は体調を崩したので俺一人で。花を持ち、電車に乗った。
たった二駅だけの距離。でも窓から見えたそこは俺のまったく知らない景色で知らない街。

改札を通って、外に出ると日がかんかんと照り付けていた。
もっと夕方にこればよかったと少し後悔しながら墓地まで歩く。


知らない道。

俺を知っている人も誰もいない街。



親の墓を雑巾でごしごし拭いて、花の水を変えて茶色くなった花を捨て鮮やかな花をいれた。
深緑の線香を一本とり三つに分けようと一回折る。まんまと失敗し残りの二本は極端に短くなった。

さて、と一仕事終えて親の墓前にしゃがむ。
改めて見ると立派なものだ。


物心ついた頃には、もう親はいなかった。だからどんな親だったかはまったく知らない。
それに知りたいとも思わなかった。
ただ親の葬式の時に、親戚の人達の白い目と気の毒そうな目の二つの視線を浴びたのを覚えている。
そして、俺の手を姉貴がぎゅ、と固く握った。
あんなに力を籠めて握られたことがなかったから、何事かと思って姉貴を見ると、
姉貴は俺の方を見ていつも通りに微笑んだ。


今思えば、あれは俺を不安にさせない為じゃなくて自分をしっかりさせようと握った手だったのかもしれない。
自分は孤独で弱くはないと自覚させるために俺の小さい手を握ったのだろう。いつもより強く。


親の墓を前にして親ではなく姉貴の事を思い出すと、そのうち姉貴もここに入るんだなぁ と重く感じた。
もし入ったら俺は誰の手を強く握ればいいのだろう。
姉貴がいなくなれば俺は一人で、孤独なんじゃないのか、
今までそんなものとは無縁で、ただ自分には親がいないだけだと思っていた。
たぶんそう思えたのは姉貴の支えと俺のつっぱった性格だろう。

俺は今、孤独を味わっているのかもしれない。
寂寥感が胸に込み上げてくる。
そう感じるのはここが知らない場所だからだろう。

俺は手を合わせて御参りを終えると素早い足取りで街から去った。
日が照り付けて汗がじわりと滲んだ。




そんな次の日が始業式で俺はいつもの倍テンションが上がらずに家を出た。
ぶらぶら歩いていくと誰かが呼んだ。

「あ、沖田さん」
「ああ、ザキ」
「相変わらず眠そうですね」
「相変わらずなのはお前が担いでる人でさぁ」

またお妙に殴られたらしい。
土方さんと山崎二人がかりで肩に近藤さんの腕を回して移している。

「おい、総悟ちょっと交代しろ」
「いやですよ。俺そんな体力ないですもん」
「てめぇ・・・」

いいから持て馬鹿、と土方さんは怒鳴ったが俺は拒否権を発動した。

「土方さん知ってます?安保理では常任理事国のうち一国でも反対すると決定できないんですよ?」
「だから、それとこれとまったく関係ねぇだろうが」
「いやぁ、部の中でもそういう制度を取り入れようよと言う提案でさぁ」
「誰が認めるか、んな制度。ただ怠けたいだけじゃねぇーか!」

ったく と土方さんは言って俺に頼むのを諦めた。
よくまぁ、朝からそんなに元気なもんだなぁと俺は内心で感心する。

そこで あ、と俺は思い出す。この人達を忘れていたと。
俺は孤独じゃないと思い続けていた一番の根拠はこの人達がいたからだ。
何故あの時はそう思わなかったのだろう。
自分自身の事しか見えてなかったからなのかもしれない。
知らない街に一人だったかもしれない。

「あ、総悟!おす!!」
「近藤さん、あんた起きたんなら自分で歩け!!」
「痛っ!!殴る事ないじゃん、トシぃ〜」
「近藤さん。あんた、土方さんが殴るよりももっとひどい仕打ち受けてる点はどうなんですか?」
「山崎、甘いぞ。俺は殴られたぐらいじゃあ諦めない。 愛とはな、深いものなんだ」
「近藤さん、俺ぁ思うんですけど時には諦めも大事ですぜぃ」
「え!それ何!?そんな悲しいアドバイス初めて!!」
「真摯に受け止めるべきだな」

と土方さん。その横でうなずく山崎。

「なんだよお前らー俺が諦めたら諦めたで変な感じになるぞ?もういつもの俺じゃなくなるかもよ?」

なぜか必死な近藤さんの言い訳に土方さんは、別にいいだろ、と言い、山崎は、イメチェンも大事ですよ、と言った。
そして俺は、どうせ無理ですけどねそんなこと、と言った。

本当にそうだと言う意味もあったし、何より近藤さんに変わって欲しくないと思った。
俺の発言に土方さんも山崎もうんうんと頷く。


こんな、いつものどうでもいいやりとりの中で俺は決めた。

何かあったら俺はこの人達の手を握ろう。




























十八の夏、
知らない街と変わらないもの

















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