“たまごやき”のスピンオフ









 にせもの と ほんもの 



始めて貴方を見た時からあなたのことが好きでした。
あなたの出す雰囲気とか声とか。
花にはあまり興味なかったけれど。



私は花屋のバイトを始めました。
別に遊ぶ金欲しさとかじゃなく、ただ私には暇な時間がたくさんありすぎたのです。


ある日の夜の帰り道、いつの寂れた商店街を歩いてると銀髪の人が花屋のシャッターを閉めてるのを見ました。
とにかく目立つ頭で私は一体どんな顔をした人なのか気になってつい振り向かないかな、と少し離れて待っていました。

「花、買いにきたの?」
「え?」

銀髪の人は振り向いて私を見ました。

「さっきからずっと後ろにいたから。買いそびれたのかなって。なんなら開けるよ?」

私はそう優しく言われて、思わず「開けてください」と言っていました。
そして商店街を抜ける頃には私の手には小さい花束がありました。
別に花なんてまったく興味はないですし、今持ってる花の種類もひとつもわからないです。

私は自分の部屋にその花を、細長い綺麗な瓶に入れて飾りました。
またあの花屋に行きたいと思いました。別に花が欲しいわけではありません。
あの人にまた会いたかったのです。


また次の日の帰り道。
店は完璧に閉まっていて、あの人はいませんでした。
しかし、シャッターに『バイト募集』と手書きでかかれた貼り紙を見つけて、
ついべりっとはがして募集要項をしっかり読みました。


こうして私は無事花屋のバイトになったのです。
私の学校は夜からなので、先にも言ったように暇を持て余していました。
だから、丁度よくこれからは少し、充実した生活ができそうだと期待していました。
毎日バイトで働いてお金もらって学校に行く。
そのへんの普通科に通う女子高生よりも私の方がよっぽど規則正しい人なのではないかと思ったのです。


「あの、坂田先輩。肥料のことで質問なんですけど」
「あー・・・うん。別にいいけど」


あの日会った銀髪頭の人は坂田銀時という名前で、店長からわからないことがあったら彼に聞いて、と言われました。 彼はとても花や植物に詳しいらしいのです。


「(そうか、好きなんだ花とか・・・)」


と私は思い、思いきって話しかけたのです。坂田先輩はめんどくさそな顔を一瞬見せました。


「あ、別に今忙しいならいいんですけど」
「あ、いや、いいんだけどさ。見かけによらず真面目だなぁって」

見かけによらず?と聞き返すと、
だって猿飛さん、花とかあんま興味ないでしょ?と言われました。


「あります」


私は少しむきになって返しました。失礼だ、と思ったからです。
確かに好きではないけれど、客に聞かれることもあるだろうから学ぼうとしているのに。
まあ、この人の気をひこうとする下心も当然ありましたが。


「まあ、そうむきになるなって。別に無理して学ばなくてもやってけるよ」
「はぁ・・・」

するとら先輩は私にこっそり耳打ちしました。

「あそこのレジにいる人、見える?あの人も花のことたぶん何も知らねーから」

レジにいるのは20代前半位の黒髪の女の人でした。

「あの人、正社員じゃないんですか?」
「こんなちっせえ店に正社員いるかよ。店長とバイトでことたりるっつーの」

私はフリーター?と小声で先輩に聞くと、そうじゃね?と先輩も小声で返してきて、
なんだか可笑しくて2人でクスクス笑いました。
フリーターの女性の名前は、志村 妙というそうです。






私のバイト終了時刻はいつも13時30分です。
そして私は今日もその時刻まで働き(といっても掃除ぐらいしかしなかった)、
坂田先輩と店長に向けてお疲れ様でした、と言って家に帰りました。
志村妙はレジ前で座って雑誌をめくっていました。
こちらにはまったく感心がないようだったので挨拶はしませんでした。

この店は大体店長とバイト三人でなりたっています。
そして店長は大抵店の奥の事務室にいて涼んでいるので正確にはバイト三人のみですが。




家に帰って昼食をすまし、ドラマの再放送を見たりうたた寝したりとそれなりに休憩して、
夕方4時ごろにまた家を出て学校へ行く道を歩きます。
当然、駅に向かうのなら花屋の前も通るので私は先輩がいたら手でも振ろう、
と少しだけ期待して歩いていました。坂田先輩は今は大学は夏休みだからバイトでいることは確かなのです。





花屋の少し前まで来ると先輩は水をまくホースを手にしていました。
私は嬉しくて駆け寄ろうと小走りになりましたが、ぴたりと止まりました。
となりになぜか志村 妙がいたからです。

二人は楽しそうに(志村 妙の声音は怒っていたけれど)話していました。
先輩は水を浴びて涼しそうで笑顔でしたが、のちに志村 妙の飛び蹴りをくらい倒れました。
ここまではまぁ、よかったのですが、どういうわけか二人はその後キスをしてました。
私は意味がまったく理解できず、かといってショックで近寄って問い詰めることもできず、
気付いたら私は家で大泣きしていたのです。


泣きはらした後、そうか、そういうことだったんだ、と納得しました。
本人から言葉を聞くよりこの方がずっと傷つかないからです。
しかし今度は腹が立って、一人きりでいっぱい嫌なことを言いました。
いっぱい言ったら楽になり、すっきりしました。ふっきれたのです。たぶん。


次の日のバイトに私はちゃんといきました。
今日も私の仕事はモップで床をふく掃除です。
そして志村妙の仕事はレジ前に椅子に座って雑誌を見ること。

「あの、」

私は志村妙に話しかけました。
昨日のことを聞く気はなく、ただこの人がどんな人なのか知りたかったのです。

「なに?」

志村妙はわりと普通に返事をしてこちらを見ました。
目があって、私は少し困りました。そういえば話すことを何も決めてなかったのです。

「志村さんって、髪きれいですよね」

苦し紛れに言ったのがそれです。でも、本当のことでした。 でも、言うならもっと自然に言うべきでした。志村妙は、「ありがとう」っと少し笑って言いました。
こうやって褒められて謙遜せずに素直にお礼を言う女は私は嫌いじゃありません。


「あやめちゃんの髪もとっても綺麗ね。変わった色」

私はふと毛先を指で持って改めて見てみました。
確かに。坂田先輩の髪を珍しがっていたが私の髪色も相当だ。

「地毛なの?」
「ええ、まぁ・・・」
「すごい、坂田君と一緒ね」

そういうことも先輩と話すんだ、と、私の頭に無意識に入りこんできました。

「髪色が似てるからか、坂田君とあやめちゃんが二人で話して笑ってるのを見かけるとなんだか兄妹みたいで」


きょうだい?





「あー、暑かった」

坂田先輩がそう言って水やりから帰ってきました。
志村妙となにか話しているけど私には何も聞こえませんでした。

「今ね、坂田君とあやめちゃんが兄妹みたいねって」
「兄妹?あぁ・・・髪の色も似てるもんなぁ」

先輩がそうやって、私とあの時二人で笑った時みたいに軽く笑ました。


「兄妹じゃないですよ、似てないですもん」

先輩と志村妙がこちらを見る視線を感じました。私は俯いていたけれど。
きっと私の出す雰囲気に二人とも少しおかしいと思ったのでしょうか。




おかしな話でした。



あの時先輩と笑っていたのはフリーターの貴女が憐れであんな風にはなりたくないなって思って笑っていたのに。
きっと先輩だってそういう意を込めていたのに。
それを貴女は横目で見て私を先輩の、坂田銀時の妹みたいね、って思ってたんですね。




おかしな話です。




貴女のようにはなりたくないなって思って笑っていたら、何時の間にか貴女が私の前にいました。馬鹿です。私はただのどうしようもない馬鹿な高校生でした。


「あやめちゃん?」
「先輩と私似てませんよ。私、花嫌いですから」


貴女も私と同じように花に興味なんてなかったくせに。







私はバイトを辞めました。
根性がないと思われても仕方がありません。


そして、ある日の学校の帰り道、商店街の花屋の横にあった100円ショップで
私は名前も知らない造花を数本買って帰りました。


先輩から買ったあの花はとっくに枯れてることに、私はつい最近気付いたのです。







inserted by FC2 system