それはいつもと変わらない日だった。
仕事がなくて、新八が銀ちゃんに怒って、銀ちゃんはジャンプを買いに行く。
何も変わらない日。
「銀ちゃん風呂あいたヨ」
「おう。ってお前、髪ちゃんと乾かせって言ってんだろ」
「やーよ、面倒さい」
髪も乾かさない年頃の娘がレディ目指すとはね、
と小バカにされたので、タオルを持ってきてわしわしふいた。
「神楽、こっちこい」
「おうよ」
銀ちゃんの手にはドライヤー。私は喜んであぐらをかいている足の上に乗った。
私は銀ちゃんの手がお気に入りだった。
大きくて固くて。それでいてこうやって髪を触る手つきは優しい。
自分の桃色の髪がふわふわとあたたかい人工的な風にふかれる。
ただ目によく被さる、そよぐ髪を見ていた。
だから、気が付かなかった。
なんて言ったらずるいだろうか。
(たぶん嘘つけって言う。でも、本当のこと)
「銀ちゃん重いヨ」
ドライヤーのスイッチなどとうに切れて、床に寝ている。
銀ちゃんの両手は私のお腹の上で組まれていた。
少し、汗がでてきた。
嫌な汗だった。なんだろう。
恐かったんだと思う。
普段と違うことをする、
あなたが。
「かぐら、」
名前が耳元で呼ばれる。
返事なんて必要としない呼び方。
「かぐら、」
きゅ、と思わず目を瞑った。
耳にせまりくるのは、声から舌に変わる。
体が固まって動けなかった。
なされるがままってこういうこと。
とにかく緊張と恥ずかしさと混乱で、何もしない何もできない状態だった。
ただ一つだけ、キスをされると思ったとき、嫌だと言った。
嫌いだと、言ったことは覚えてる。
それでもキスをされた。何回も繰り返し。
バランスが崩れて畳みに頭を打ちそうになったのを、いつもと変わらない大きな手の感触が支えた。
ふと正面を見れば銀ちゃんの顔が近くにある。
大丈夫か、って少し汗ばんだ様子な申し訳なさそうな顔。
無性に涙がでた。
何も変わってなんかいなかった。
銀ちゃんは銀ちゃんのままだった。
それからまた何度もキスされた。
子供をあやすみたいなキスもあったし、恋人同士みたいなキスもあった。
している時、彼は何を言っていたのだろう。
ごめんな神楽。
手、だしてごめん。
でも、もうちょい我慢して。
そしたら、もう全部終わるから。
吐息まじりの声でそれだけは聞きとれた。
めったに見ることにできない、彼の本音の部分だったんだと思う。
『手、だしてごめん』
でもその手を欲していたのはもともと私だった。
おやすみなさいと彼女は