ぷつり、ぷつり

 

ぷつり、ぷつり

 

よく行く茶屋にいつも老人が一人座っている

暗い色の上等な着物を着て黒い足袋をはき、異国のまた真っ黒な帽子を被り丸い眼鏡をかけていた。
その老人は鼻が高く髷もゆっておらず、日本人には見えなかった。髪だけは真っ白であとは真っ黒。人を近付けない雰囲気をまとっていた。

沖田はその日たまたま老人の隣に腰かけて団子を三本頼んだ。

「お嬢さん、今日もサボりですか?」

「ええ、」

沖田は何度か老人を見かけたことがあったが声を聞いたのは今日が初めてだった。

「あんた日本語しゃべれるんだ」
「ええ、私は日本人の血も混じってますから」

茶屋の娘がにこにこしながら団子を三本持ってきた。

「一本どうです」

団子の串を掴んで老人の横顔に向ける。老人は少しだけ甘いたれがかかった団子を見て、笑った。

「いや結構。身体に障りましてな」
「あらら、そりゃ残念」

沖田は団子を一つ串から歯で食いちぎる。

老人はまた ほ、と笑った。

「なんですか?」
「なかなかいい食べっぷりだ。団子はそう食わなきゃ」

沖田は、へんなの、と思った。

「あなたはお上品に食べそうですけどね、」
「おや、なぜだい?」
「育ちのよさは座ってるだけでわかるもんですぜ」

老人は、まいったね と言った。

「しかしいくら育ちがよくても豪快に食べるときだってあるさ」
「この年でもですかぃ?」

老人は悲しく笑った。           

 

「ああ、あるさ」           

 

          

 

          

 

「会食?」

「ええ、またあるらしいですよ」

永倉は庭に干してあった布団を持ち上げて言った。

「私はいかないよ」
「…俺に言われましても」
          

困ったような顔をして永倉は布団を縁側にどさ、とおく。           

また接待、沖田はうんざりする。そういう話があるたびに近藤は沖田を部屋に呼び、一緒に出ないか?と申し訳なさそうに言う。近藤いわく、この男しかいない組での紅一点がどこのお偉いさんも気になるらしい。           

「いつあんのそれ」      

永倉はとりこんだ隊士の大量の洗濯ものをたたみながら言った。           

「さぁ、明日か今日の夜とか。」           

「え?今夜?」           

急な話だ。           

だがそれでも自分の耳に入ってこなかったとゆうことはどうやら今回は申し訳ない顔を見ることがなさそうだ、と沖田は思い、畳みにごろりとアイマスクをして寝転ぶ。           

「あ、副長」            

永倉が洗濯物を畳む手を止めて立ち上がる。            

「永倉、 」           

「わかってますよ、会食でしょう」           

土方は畳みで寝転がっている沖田を見た。                    

「よかったな、今日のお偉いさんはとんだ物好きだ」           

沖田はぴくりとも動かずアイマスクをしたままだった。
土方はそれだけ言って永倉と沖田の所をあとにした。

 

 

 

          

「副長達おそいなぁ」
「気にすんなよ、どーせくだらない店いって女と飲んでんだ」
          

時刻は十二時半をすぎた。
永倉は心配そうな様子なので沖田はつまらないと思う。
 

「私、もう寝るから」
「あ、はい」

 

 

 

『簡単な話、そことの話がうまく行けば組の為に入る金がたくさんくる』  

『はあ、金ですか』
『そ、金。何事にも金がいるんだよ、』
 

土方が出ていく小一時間前、沖田は土方の部屋に行って、そう聞いた。

 

 

自室に戻り刀の手入れをするためゆっくり鞘から抜く。
これが、近藤いわく 武士の魂らしい。

「金金金って、馬鹿じゃないのか」

沖田はそう呟いて、刀を拭いた。

「(魂いくらあったって、てめぇを見失なっちゃおしめーだろ)」

 

 

結局二人が帰ってきたのは翌朝だった。
むくりと起き上がりそのまま廊下に出る。 すると土方が向こうから歩いてきた。 顔には疲れがにじんでいた。

「土方さん」
「お前、寝坊だぞ」
「顔、死んでますよ」
「あー……くそ、あのじじいのせいだ」

じじい?沖田は聞き返す。
土方は、沖田を見てそれから少し笑った。

 

「最悪だぜ?じじいのそれ飲むなんて」

 

沖田は目をぱちくりさせた。

永倉が副長に、とコップに水を運んできた。沖田はそれをひっつかんでガラスのコップを一つもつ。
沖田はそれを土方に投げ付けた。

ぱりん、と高い音がして 土方は顔から少し血を流した。

 

「さいていだ」

 

沖田は言った。
その目はなにもかもを否定して、その顔はいつもより幼く見えた。

なんて顔をしている、と土方は思った。

「お前に、んな面する資格はねぇよ」

それは低い声音で、とても冷えきっていた。
土方は自分を心配する永倉の声をよそに自室に戻るために足を先へ向ける。
沖田の手も飛んだ破片できれていた。
沖田は切れ口を見て手当もせず、そのまま自室に戻った。

 

 

 

「おや、また会いましたな」

沖田は黙って隣に座る。

「…会いにきたんですよ」

ほう、と老人は嬉しそうに微笑む。

「私になにか?」
「あんた、カミさんとかいるの?」
「いますよ。愛していませんがね」

沖田の突然の質問にも老人は丁寧に応じた。

「どうして」
「私が変わってしまったからでしょう」
「カミさん、不細工なの?」

老人はいやいやとんでもないと頭をふった。

「美しい人ですよ。しかし彼女は、初めから美しい人である。それだけだった」
「なにそれ?」
「外見だけじゃない。彼女は心もとても綺麗で、それはもう年をとってもそうだった」

老人は目を閉じて話をした。

「いい人じゃん」

「君は、人の美しさとは何だと思う?」

老人は目を閉じながら少し口元をほころばせてといた。

「…なにそれ」

沖田は老人を見る。
老人は柔かく笑っていった。

 

「人は、堕ちるほど美しいものだ」

 

沖田は少し目を開いて、それからすぐに伏せて地面を見た。
老人は席を立ち、沖田の前をすぎたとき、

「美しかったよ。やはり彼はそうあるべきだ。君のためにね」

老人はそう言っていなくなった。 手の指の今朝きれた所から血がまたぷつり、とあふれた。
沖田はただ一人呟いた。
くたばれ、と。



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