恋せよ少年  (永倉と沖田と近藤)




  沖田はこう見えて可愛いものが好きだ。

こう見えてとは、彼女が一番隊隊長で、組の中でも一番に腕がたつ剣士だからである。
「可愛い!」
 ついさっきまで無表情で煎餅を齧りながらテレビを見ていたと思ったら沖田が突然叫ぶ一緒にテレビを見ていた永倉は、なんですか急に、と沖田を見た。 沖田の目はキラキラと輝いている。


テレビには、CMで熊本をアピールしている今流行りのゆるキャラの黒い熊が出ていた。
「…沖田さんゆるキャラとか好きなんですね」
「好きだよ。だって可愛いじゃん」
へぇ、ちょっと意外だな。と永倉は思う。いつも死と隣り合わせの仕事をこなす彼女とゆるキャラとの組み合わせを想像してみるが、正直しっくりこない。
それもそのはずで、永倉が今日まで想像していた沖田は後にも先にも剣だけで強さ以外は何もいらないというようなものだったのである。
「(まぁ、そんなの俺の夢の要素を詰め込んだ沖田さんでしかないんだけど…)」

現実の沖田は、いま大人気のゆるキャラに目を輝かせる普通の女の子である。少なくとも永倉にはそう見えた。

「なによ。ちょっと意外って感じ?」
沖田が冷たい視線で永倉を見る。永倉は慌てて、そんな別に、と言いかけつい言葉を濁してしまう。

「覚えとけよ。私が好きなのは近藤さんと剣と可愛いもの」
「可愛いものって?」
沖田が思う可愛いものとは?と永倉の興味のアンテナがたつ。沖田は永倉の質問に、えぇ…とめんどくさそうな顔をした。
「キャラクターとか犬とか猫とか?とにかく可愛いものは可愛いものだよ」
沖田はざっくりそう言うと、あ、ドラマ始まった。とつぶやき、無表情に煎餅を齧りテレビの画面を凝視する。永倉はまた無表情に戻った沖田をちらりと盗み見見ると、画面を見たまま沖田が口を開いた。

「どうせらしくないとか考えてたんでしょ」
「そ、そんな事ないですよ」

そりゃあ初めは思ったけど、と永倉は内心で呟く。屯所での沖田の仕事ぶりは基本サボってばかりなので上司として如何なものかと思う所があるが、現場で沖田程頼りになる上司、いや、侍は他にはいないと永倉は強く思っている。自分とは比べものにならない程の強さと力を持っている沖田が、いま流行っているゆるキャラに目を輝かせているのは意外だと思う一方で微笑ましかった。

「女の子らしくて、いいと思います」


少し俯いて照れながら言う永倉を沖田は無表情で凝視し、ふん、とだけ言ってそっぽを向き煎餅を齧る。

「女の子らしくてって、女だっつーの」

永倉はその瞬間、あれ?これって結構いい雰囲気じゃないか?と直感する。今まで沖田との会話で感じたことがないような気恥ずかしい沈黙が二人の間に流れている。

「沖田さ、」
「あれぇ、珍しく照れてやがる」

永倉の切羽詰まった声に低音の落ち着いた声音が重なった。

「はぁ?誰が!」
と、沖田は声の方を振り向くと近藤が立っていた。
「き、局長!」
永倉が思わず立ち上がったが、近藤は、いいから休憩してなさい、と永倉を座らせる。
「いや〜休憩してる若者の中におじさんも入っちゃおうかな。何見てんの?」
「ドラマの再放送です」
近藤は沖田の隣によっこいしょと言ってあぐらをかく。沖田はその様子をうわーオヤジだ〜と茶化した。
「しかしあれだね〜お前ら一緒にテレビとか仲良いね」
「永倉といるとチャンネル争いしなくて済むの」
「それは永倉君がお前に逆らえないからじゃない?」
近藤のツッコミを沖田は丸々聞き流し、「私と永倉は趣味が合うんだよ。なっ」と言うので永倉はとりあえず肯定して、溜息をつく。 会話が結局いつものように戻ってしまった。タイミングが悪いなぁ局長、と永倉は心の中で近藤を泣きながら恨んだ。
「なぁ、永倉君。おじさんにも蜜柑とって」
「え?」
落ち込んでいて近藤の言葉を聞いていなかった永倉が聞き返すと、永倉の向かいに座っている近藤が机の上の蜜柑を顎でさす。 沖田はドラマの再放送に夢中な様子だ。 永倉が慌てて蜜柑を渡すと、近藤はニヤリと笑う。

「あんま焦せんなよお前」

焦っていいことなんか一つもないからね、と近藤。永倉は自分の耳が赤くなるのを感じた。

「(そうか。あれは局長なりのフォロー)」

近藤に感謝する反面、今の自分ではまだ沖田に想いを告げるには早すぎると言われたような気がして、永倉は複雑な気持ちになるのだった。








いつかのために  (原田と土方)




「で、いつまであいつを最前線で戦わせるわけ?」


「は?」
「は?じゃねーよ。それが警察で一番偉いおじさんに対する態度かよ、土方」
松平長官は土足のまま机に足を乗せ、サングラス越しに土方を睨んだ。 松平の凄みに土方は一瞬怯みかけたが、顔には出さない。
「沖田だよ、沖田。あの可愛いお嬢ちゃんをいつまであんなイカ臭せぇ場所で働かせるわけ?」
「辞表を出されたら考えるけど」
「鬼かお前は」
「は?」
「だからその"は?"ってのやめろ。あいつが縁を結ぶ事とかさぁ、そりゃ相手探しをしろとまでは言わねーけど仕事以外のこともちったぁ気にしてやれよ」
松平は葉巻を取り出し一服する。親戚のじいさんであるかのような口ぶりに土方は勘弁してくれ、と心の中で愚痴をこぼす。

「俺はただの上司だよ」
「付き合いは無駄に長ぇじゃねぇか。冷てぇやつだよ、お前」
「そうっすか。けっこう部下思いだと自負してますけど」
松平が言うように沖田と土方の付き合いは長く、何だかんだで土方は幼少の頃から沖田をみてきた。
武州にいた頃、沖田が江戸に一緒に行きたいと近藤を困らせ、揉めに揉めて大きな事件を起こした事とき、どれだけの労力を費やしたことか。
今だってサボる沖田を五回のうち二回も見逃してやってるのだ。こんな面倒見のいい上司が他にいるか?と土方は全隊士に問いたい。


「侍としての幸せなんてたかが知れてるだろ。沖田には女としての幸せを掴んで欲しいのよ、おじさんは」


松平が自分の前でわざと"侍"という言葉を使うので土方は眉を潜めた。
「悪かったな。過去にくだらねぇ茶番に参加していて」
「んな目でおじさんを見るなよ。仕方ねぇだろ、お前しか話が通じねーんだから。近藤にこんな話してみろ」
「寂しがって泣くだろうな」
「だろ?」

まぁ、泣くといっても嘘泣きだろうけど、と土方は内心で思う。
「とにかく、考えてやってくれよ副長」
松平は最後に葉巻を一本向けたが土方は断わって長官室を出た。





「はい、ドロー4」
「はい、ドロー2!」
「ちょっと原田。ドロー4の上にドロー2は無効だよ」

沖田が眉間に皺を寄せて原田を見る。沖田の手持ちは残り二枚、原田は残り三枚である。
「なに言ってんだ。俺の地元じゃそれはアリだったんだよ」
「お前と私は同じ武州から出てきてるんだから、地元は同じだろーが。男が言い訳すんな。四枚引け」
原田が口を尖らせてカードを四枚引こうとした瞬間、永倉が勢いよく襖を開けた。
「はははは原田さん!」
「なんだよ!もっと静かに開けろよ!別にびっくりしてねーけど!」
「副長が迎えに来いって。な、なんかすごく怒ってますよ」
永倉は青い顔をして携帯を持っていた。完全に電話ごしの土方に怯えている。
「はぁ!?迎えに来いだぁ!?あいつとっつぁんの迎えで勝手に行ったんじゃねぇか!」
「だから帰りの車がないんでしょ」

原田の声に沖田の冷静な声が被さる。原田は、チッと舌打ちをして、立ち上がると畳に一度置いた刀を脇差しに刺す。

「何があったか知らねーけどお前に連絡よこさなくてもいいのになぁ。俺に直接連絡しろっつーに」
「たぶん、副長は原田さんに連絡してると思いますよ」
永倉は原田を見ておずおずと答える。原田は、え?と呟いて携帯電話を開くと、案の定土方からの着信が6件も入っていた。
「あぁ、UNOやってたから気づかなかったわ」
「き、緊急だったらどうするつもりだったんですか!」
永倉が注意すると、そんなにカリカリすんなよと原田。
「とにかく、早く向かって下さい」
「へいへい。あ、そだ」
原田は永倉に計7枚になったカードを押し付ける。
「え?」
「これやっといて」
「ちょ、俺まだ仕事が!」
「永倉、次はあんたの番だよ」
背後から沖田の声がして永倉は固まる。これはもう逃げられないな、と永倉はため息をついた。






「おそい」

土方が額に青筋を浮かべて原田を睨む。

「俺だって暇じゃねーんだよ」
「嘘つけ。永倉に聞いたら沖田と遊んでるって言ってたぞ」
「あの野郎…」
土方は助手席に座り込み、タバコを取り出す。

「にしても中間管理職は大変だねぇー。この前の過激攘夷党を取り逃がした事の説教か?」
「まぁそんなとこだ」

土方は会話を遮断するようにぶっきらぼうに返事をし、同時に煙を吐く。
原田は運転をしながらちらりと土方の方を横目で見た。


「本当はとっつぁんに何言われたんだよ」


目の前の信号が赤に変わり、原田はゆっくりブレーキを踏む。土方は黙ったままサイドミラーを見ていた。

「お前なーせっかく先輩が気をきかせて聞いてやってんだぞ」
「沖田がここ辞めるって言ったらどうする?」
土方の問いに原田は固まる。

「えっ!?やめるの!?」
「もしもの話だよ」

原田は、驚かせんなよ!と土方の足元を蹴った。土方は原田の反応に、動揺しすぎだろうと内心呆れたが黙っておく。

『あいつのこともうちっと考えてやれよ』

先程の松平の命令なのかお願いなのかよく分からない指示が土方の頭の中でフラッシュバックし、土方は息を漏らす。

「あいつの事なんか知らねーよ、俺は」

戦いたいなら戦えば良いと土方は思う。なんだかんだ言って、江戸に沖田を連れて来たのは自分達なわけだから、お前はもう縁を結ぶ事を考えなきゃいけないから辞めろ、などと言えるわけがない。そんな勝手な話があってたまるものか。

「(めんどくせぇ)」

今こんなに面倒なことになるのなら、やはり始めから沖田を連れて来なかった方が良かったか?と土方は思う。しかし、過去を悔やんだところで何も帰ってこないことは既に承知済みだ。
信号が青に変わって車が動き出す。今日は天気が良い。車窓から見える景色はとても平和だった。

「お前もさ、あんま自分自分で考えんなよ」

原田が正面を見ながら土方に話しかける。

「何の話だよ」

土方も正面の景色を見ながら答えた。

「たまには誰かに相談しろってことだよアホ。お前だけがうちの看板背負ってるわけじゃねぇ」

原田はそのあと、つーかお前なに?ひょっとして自分を中心に組が回ってるとか思ってる?お前がうちの中心とかありえねーから。と挑発するような口調でまくし立てた。
土方がチッと舌打ちをする。

「頼りねぇ先輩がいるから後輩が苦労するんだよ」
「あれ、珍しく俺先輩扱いされてる?」
「原田先輩があいつを嫁にもらってくれれば全ては丸く収まるのにな」
「マジで!?もらうもらう!」
「嘘だよ。あいつにも一応選ぶ権利とかあるし」
「どういう意味だ、コラ!」

原田は額に青筋を浮かび上がらせ怒鳴るが土方は素知らぬ顔で景色を見る。
適当に言った、原田が沖田を嫁にもらうなんて話は当然あり得ない出来事だと思っている。
だが、この問題をそれくらい単純に、まるで今見ている景色のように平和に解決できたらいいのにと、江戸に行くとにごねた沖田の表情を思い出しながら土方は心の底から思う。
土方はそこまで考え、ん?と思考を停止させる。

「……。はぁ!?」

土方の突然の叫び声に原田は、ビクッと肩を震わせる。

「なな何なんだよ!別にびっくりしてねーけど!」

平和に解決って、俺いま結局のところ組織云々よりも沖田の幸せを一番に考えてなかったか?と土方は自分に問いかけ、ないないない、と自分で返答する。なんで常日頃命を狙われてる俺がそんな事まで考えてやらなきゃならんのだ。間違ってる。

「ま、何にせよ沖田は可愛いから一生独り身なんて俺はあり得んと思うけどね」

原田はそう言ってアクセルを強く踏んだ。前の信号が黄色だったのだ。パトカーが信号の点滅ギリギリに渡るかよ、と土方はその点を見逃さなかったが、原田のざっくりした言葉を聞いて、それもそうか、と腑に落ちた。











彼女の思い出  (沖田と永倉)



「♪〜♪」


沖田は自室で鼻歌交じりに自分の長い髪を手櫛でとかす。
沖田の髪は一本一本が細く、艶があり、指を通すとさらさらと流れた。自慢の髪だ。
子どもの頃から喧嘩っ早く、女の子らしいところはあまりなかったが、沖田の姉はよく沖田の頭を優しく撫でながら、「そうちゃんは本当に綺麗な髪ね」と言ってくれた。
沖田の世界の中で一番女らしく、美しい姉にそう言われたこともあって、沖田は髪を切らない。
自分が自慢できるものを少なくしてしまうのはもったいないからだ。

「沖田さん、客間に隊服の上着忘れてますよ」

隊服姿の永倉がひょっこり顔を出し、沖田が既に寝間着姿になっているのを見ると慌てて頭を下げた。
「す、すいません!」
「べつにいいよ」
沖田はあっさり返し、入れば?と永倉に言う。
「いや、でも俺隊服とどけに来ただけだし・・」
あと、夜だし一応女性の部屋だし二人っきりになるし、と沖田に聞こえない声量で俯きながらもごもごしゃべっていると、沖田が永倉の手から隊服を奪いポケットの中をゴソゴソと探る。
「確かヘアゴムがあったはずなんだけどな。あれ、飴玉出て来た」
躊躇する永倉などおかまいなしで沖田はどこまでもマイペースである。 永倉は、いいのかな、と少しだけドキドキしながら部屋に入り正座をした。
「(にしても、沖田さんが髪おろしてる所初めて見たな)」
永倉がちらりと沖田を見る。
髪をおろしている沖田はいつも見る沖田よりもか弱い女の子に見えた。自分が少し緊張しているのはそのせいかも知れない、と永倉は思う。か弱く見えるのはあくまでも外見だけの話であるが。

「あんたにあげる。二個出て来たから」
沖田は飴を永倉に投げ、永倉は慌ててキャッチした。
「あ、いただきます」
「いちいち固いねお前は」
沖田がぽん、と口の中に飴を入れる。

たったそれだけのことが永倉には少し眩しく見えた。

柔らかそうな淡い茶色の髪をした沖田は端から見れば美しい少女だ。だが彼女は男所帯の組で暮らし、いつもたった一人で戦っている。
沖田は組の中で優秀な隊士というわけではない。物わかりが良い方ではなく、大人の事情なんだよと誤摩化す土方にいつもくってかかっている。だが、それが許されるのはそれだけの力量が沖田にあるからだろう、と永倉は思う。

「・・沖田さんが髪おろしてる姿、初めて見ました」
「じゃあプレミアだね。写メっとく?」
沖田がからかうと永倉は、むっとしてそんなかっこ悪いことしませんよ、と返す。
「髪、けっこう長かったんですね」
「そりゃそうだよ。これはわたしの自慢で、思い出だから」
沖田は自分の髪を触りながら言った時、永倉は、「あ、今優しい顔をした」と思う。

「よく姉上が褒めてくれたの。綺麗な髪ねって」

いつも寝る前に頭を撫でてそう言ってくれてね、と沖田は言う。
「女のくせに近藤さんの道場に通ってたから近所のガキには"おとこおんな"とか言われたけど、姉上の言葉を聞いたら嬉しくなる自分がいて、あぁ、やっぱ自分は女の子なんだなって思ったりしたもんよ」
「局長や副長は切れとは言わなかったんですか?」
長い髪は戦闘にはなにかと邪魔だろうに。効率を一番に考える土方なら言いそうだった。
「土方ぁ?あぁ、逆だよあいつは。もったいないから伸ばせばって言われた」
え、と永倉は動揺する。
土方が沖田にどんなシチュエーションでそれを言ったのだろう、今の二人の関係を見るとなかなか想像できない。

「ど、どういう風に言われたんですか!」
「なにその顔。え。あんた土方さんが好きなの?」
「なっ、違いますよ!なんでそっちに!」
ここまで言いかけて永倉はあわてて咳払いをして誤摩化す。
「えー・・どんなシチュエーションって、近藤さんと酔って帰って来て、土方さんとたまたま廊下で鉢合わせした感じ」
まぁ所詮は酔っぱらいの戯言よ、と沖田は言った。
永倉は夜に隊服の土方と髪をおろした沖田が廊下で鉢合わせする姿と土方のその台詞を想像する。
うーん、酔ってさえいなければ中々いいシチュエーションだったかもしれない、と永倉は眉をひそめた。
永倉が一人で考えている間、沖田は自分の髪を手で触り、見る。


「"髪は綺麗なんだからよ"」

「・・え?」
永倉はその時の沖田の顔を見逃さない。
「ほら、あいつ天然パーマで残念な頭してるでしょ。私のエレガントな髪質が羨ましいのよ」
沖田は得意げな顔で髪を手で払う。
彼女はいつもの自信に溢れた勝ち気な隊長の顔になっていた。

「・・俺も、」
「え?」
「俺もその髪、綺麗だなって思います」
くそ!なんだこの二番煎じ!と永倉は思ったが、これが自分の正直な感想だった。





『あぁ、やっぱ自分は女の子なんだなって思ったりしたもんよ』


永倉は、沖田は土方に言われてそう思ったに違いないと思う。

"髪は綺麗なんだからよ"

酔っぱらいが何気なく言った言葉だったのかもしれないし、普段は言えない土方の本音だったのかもしれない。

「・・やっぱずるいよなぁ、あの人」

永倉は沖田の部屋を出て、襖を背にしゃがみ込む。


所詮は酔っぱらいの戯れ言よ、と沖田は呆れながら言っていた。
普段の沖田は土方を毛嫌いしていて、あんな奴さっさと殉職して早く自分が副長になれればいいのにと言っている。



「(でも、酔っぱらいが言った戯れ言をちゃんと覚えてるんだ、)」











不毛地帯  近土とお妙




「じゃあ私の恋はどうなるの?」

お妙は静かな怒りを含ませ、少し震えた声音で呟く。
お妙の言葉に土方は言葉を失った。

「そりゃあ世間体を考えたら私の仕事は人様に胸を張って言える仕事じゃないし、仕事上物分りのいい大人のフリをするわ」

お妙は早口でそう言い切り、それでも、と静かに続けた。

「…私はまだ18なのよ。私が18で好きになった人なの」

潤んだ黒い瞳が土方を見る。お妙はいつもより幼く見えた。土方はお妙の非難の視線から目をそらさなかった。いや、そらせなかったのた。純愛を求める少女の悲痛の叫びに。
自分が少女の純愛を踏みにじった張本人である故に。

「ごめんなさい。あなただけが悪いんじゃないって事分かってる」
「いいんだ」
「でも、どうしたって憎いのは貴方なの。近藤さんだってあなたと同じはずなのに」
そう呟くお妙の肩は小さく震えている。

「…なのにどうして?どうして貴方だけこんなに憎いの?」

自分が嫌になる、とお妙は小さく鳴いた。
いつも顔に笑顔を貼り付け気丈に振舞う彼女とうって変わった、か弱い少女の姿を目の前にして土方はどうすることもできなかった。

ボーイが異変に気づき土方達のテーブルに来る。土方はボーイの問に答えずに、勘定と呟いて財布を胸ポケットから取り出し立ち上がった。

「私が引き止めたの。お金はいいわ」
お妙が手で涙をぬぐい、土方を見上げてそう強く言った。
「金に綺麗も汚いもねぇ」
土方がそう言ってボーイに金を支払う。
お妙は静かに、そうね、と言って鼻をすすった。
金を受け取ったボーイが立ち去ると、土方は財布を懐にしまい立ち上がる。
土方はお妙に背を向けた状態で立ったまま薄い唇を開いた。

「恋だの愛だの俺には分からん。でもただ一つ分かるのは、」
「…貴方でもわかることがあるのね」

お妙は土方に同情するかのような声音で囁いた。
細く、優しく俺を哀れむその声は土方が昔好いていた女の声によく似ていた。

「あなたは唯一、何を分かってるの?」
「あの人が死ぬ時が俺の死ぬ時だ」

お妙はそれを聞くと、悲しみの色も驚きの色も見せない、軽蔑した視線で土方の背中を見て、静かに言った。

「貴方はずるいわ」

(最後まで侍らしく自分をとりもって。 もし貴方が私と同じ女なら、今の台詞はとても哀れなのに)


「俺はあんた程強くできてない」

(もしあんたが俺よりもずっと早くにあの人と出会っていれば、俺も諦めがついただろうに)


お互いに運が悪いとしか言いようがない。











苺の国(土方と沖田)


土方は今、“この世で1番嫌いな仕事”に手を出そうとしていた。
机の上に広げられた資料を見て、一つ溜息をつく。
これをやりきるために、先ほどコンビニで準備してきたものを机の上に広げる。まずタバコ。それにカフェオレ(かなり甘い)、飴、チョコ、源氏パイそれにミニパフェ。必要経費だとつぶやいて資料を手に取る。
羅列された名前を見る。結構いるなぁ、つい口をついて文句が漏れた。
手は早速源氏パイに伸びていた。口の中でバリバリと軽快な音が響く。
それとは反対に、心の中でドロドロと黒い塊が膨らんでいくのを感じた。個包装の源氏パイはあっという間になくなって、また新しい袋に手を伸ばす。
過剰に糖分を摂取しながら、土方はしぶしぶ筆を握った。


彼らは掟を破ったのだ。
破ったものは罰せなければならない。
それが掟をつくった土方の仕事であり、掟が掟として存在し続ける為に必要なことだ。


様々な甘味を口にしながら、ひたすら文字を記す。
土方は止まることなく筆を走らせ続け、その全て書き終えたとき、はぁと深い溜息を漏らす。
俺ってつくづくこの仕事向いてないな、と土方は自分に呆れた。

「(いや、向いてない事くらい分かっていた)」

土方はそのまま仰向けに倒れ、天井を見上げる。
電気が眩しくて手の甲で隠した。


失くしたものが多すぎた。

師も、友も、いなくなってもう失くすのはこりごりだと思っている。
そう思っているのに、今もこうして自ら失くそうとしている。
土方はこんな時、全てやり直せたらと思う。
そうすれば、沖田はもう少し自分に敬意を払ったかもしれないし、原田も舐めた口をきかなかっただろう。
土方はそこまで考えると、それはねーか、とこぼした。


「バカはいつまでたってもバカだ」
「誰がバカですって?」

沖田が襖を開けて部屋に入って来た。ノックしろよと土方。ノックするのはドアだけですよと沖田。
ああ言えばこう言う奴だ、と土方は溜息をついた。
「つーか土方さん寝てんの?サボリってやつ?」
「休憩だよ。仕事に一区切りついたの」
土方は寝転んだまま沖田を見上げた。
沖田は土方の机を一瞥し、あ、コンビニのミニパフェ!とそれを素早く手にとる。
土方は、先程まで書いていた仕事の資料がそのままだと気にかけたが沖田がパフェに夢中な様子を見て、まぁいいかと流す。

「おい、それ俺のデザートなんだけど」
「土方さんはデザート食べれない位まいってる様子なんで代わりに頂きます」
土方はふざけんなよ、と言って体を起こす。
「あ〜生クリーム。生クリーム最高ですね、土方さん」
「返せ、バカ女」
土方はパフェに手をのばしたが、 沖田の手は土方をひょいと避ける。

「てめぇなぁ…」
「頑張ってくださいよ」
「あ?」

土方が聞き返すと沖田は無表情でパフェのなかのフルーツをプラスチックのスプーンでつついている。
「近藤さんの隣を断腸の思いで譲ってやったんだから」
「………」
沖田は土方と目線を合わさず、フルーツをつつき、イチゴを1つスプーンでとる。
「…分かってるよ」
土方も沖田から視線を外し、拗ねた子どものような返事をする。
沖田は土方の様子をちらりと見て、イチゴののっているスプーンを土方の前に差し出す。

「あんたの分」
「苺だけかよ」
「あんたはこれで充分」


だって近藤さんの隣にいるんだから。


沖田は口にしなかったが土方は沖田の言葉の続きを予想した。
土方は出されたイチゴを一口で食べる。
食べたイチゴは酸っぱくて、沖田の態度は相変わらずふてぶてしくて、土方は全てをやり直したいと思った。


けれど、やはりそれは本気ではない。全てを消すことは簡単でも、一から創ることは困難であることを土方は痛い程知っているからである。

それは、天人が来日し、いろんな星の文化で乱れたこの国の構造とよく似ていた。







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