たまごやき



花屋のバイトを始めて三ヶ月たった。
本当は土の種類とか肥料の種類とかを学ばなければいけない、というか学ぶ姿勢を見せなければいけないと思うのだが私はかつて一度もレジから離れたことはない。

覚える姿勢見せたってどうせバイトから帰ってお風呂入って足の爪にネイルとかしてたら私の頭からぽーんと抜けてしまう。
なんて無意味。

と、つい昨日までは思っていた。だが今日の朝、新しく入った高校生くらいの子がものすごく真面目というかやる気があるというか、とにかくいろいろなことを店長やら他のバイトの人に聞いていた。
そこでパートのおばさん達から「あの子とはもう入った態度から全然違うわね」とひそひそ声で聞こえたのだ。
「あの子はほら、やる気ないからね。妙ちゃんと違って」


うるせーばばぁ。 お前らだって客がいなけりゃ堂々とくっちゃべってんじゃねぇか、うぜぇ、ばか、しね。
とそのとき内心でそう吐き捨てた。
悪い癖だ。最近嫌なことを言われると内心で必ず、
うぜぇ、ばか、しねを思ってしまう。
せめてしねはやめて、うぜぇ、ばか にしてみようか。


「はよございまーす」


たるそうな声で店の紺エプロンをかけながら出てきたのは同じくバイトの坂田君だった。
彼もまた、おばさんからの評判はすこぶる悪い。

「おはよう、今日も少し遅刻」
「あちゃーあ、でも妙さん店長まだっしょ?」

セーフ、セーフと軽く笑って返す坂田くん。


こんな男絶対彼氏にしたくないなぁ、と反射的に思った。
時間にルーズな人は男女問わずあまり好感が持てないのもあるが坂田くんは他にもバイト中お客さんがいてもたまに大きい欠伸を何回かしたり掃除もサボったりする。


「よく坂田くんクビにならないわよね」

そう私が言うと坂田くんはにやりと笑った。

「まぁ、知識は一番あるんで」


ああ、そうだった。
坂田くんは園芸になぜか詳しい。
たぶん店長より詳しい。
だから私も困ったときは坂田くんによく聞きにいっていた。
まあ、客自体あまりこないからそんなにたくさん役にたっていないのだがいざというとき頼りになるのだ。


「でも最近、坂田くん何もしてないわね」
「客はさっさと買って帰るからね」

そう言って棚に陳列してある市販の様々な花の種の個数をチェックする。


「あ、坂田先輩!来てたんですね!」


でた。ポインセチアについて研究し初めたばっかりだと思っていたのに。


「坂田先輩が来てたなら先輩に聞いてましたよーあんなおばさんじゃなくてー」


ああ、なんだ。そうゆうことか。
やる気があるわけでもなかったのかこの子。


「いいじゃねーか、なんか若い子に話かけられて嬉しいそうだし」
「話しかけるほうは結構しんどいんですよー」


昨日入ってきたあやめちゃんはどうやら坂田くんが好きらしい。
とうの坂田くんは花の種を数えることを優先してあやめちゃんへの答えはてきとうだ。


「もー聞いてます?先輩!」
「あー聞いてるって。ちょっと俺いま、こっち忙しいんだよ」
「聞いてないじゃないですかー」


なぜ若い子はこんなに異性に話すとき語尾を延ばすのだろうか、ちょっと馬鹿っ子に見られたいのだろうか。
私から見ればただの馬鹿にしか見えない。

そんなことを考えながらレジで近くの二人のやりとりを見ていると店長がきた。

みんなで朝のあいさつをしてもう各自自分の仕事をする。



ちなみにこの店は平日の午前中は四人ほどで動くが午後からは二人ぐらいでも動くのでおばちゃん達は夕飯の支度ををしたいからとたいてい午前中しかいない。
大体午後もいるのは私と坂田くんだ。


店の外の鉢植えの花に水をやろうと外に出る。
四月なのにすごく日が強い。
ホースをシャワータイプにして水をやる。


それにしても店長が植えたのか、センスよく数種類の花が植えてある。

「あ、妙さんもうやってましたか」

坂田君がひよっこり出てきた。

「ねえ坂田くん、」
「あぁ、これ俺が植えましたよ」

聞く前に答えられた。
坂田くんは店長に頼まれたからやったのだと言っていたが私はそんなことよりも私の聞きたいことをあてる坂田くんがすごいと思った。


「なんでわかったの?」
「なにがすか?」
「私の聞きたいこと」
「妙さんの花に水やりするときの顔みりゃ分かりますよ」
「そんな物珍しそうに見てたかしら」
「いや、なんていうか、いつも無関心そうな感じなんでちょっと違うと…」


あぁ、まあ、確かに。
普段つまらなそうに仕事をしてるように見られていたのか。
まあつまらないから仕方ないけど。


「なんなら俺教えますよ、土の種類とか、今暇だし」
「いいわよ私は。すぐに抜けてっちゃうし、」

そう言うと坂田くんは、あぁー妙さんそんな感じします。と言った。
そんな感じってなによ。


結局午前中来た客は五人。ほぼ暇だった。
あやめちゃんは坂田くんに何度も話しかけ新たな花のことを教えてもらっていた。






家がこの商店街の近くなので私は一回家に帰って昼ご飯を食べる。
家に何があったかな、と考えながら歩く。
この前買い溜めしたカップメンのキムチうどんがあった。よし、それでいいや。

料理が下手なのはもう学生の頃から気付いてあきらめかけている。
中学までは弟にたまご焼きを朝ご飯にと作ってあげていたが弟が中学生になる頃には弟が私に作ってくれた。
私のたまご焼きは黒く焦げていてまずかったが弟のたまご焼きはやわらかい黄色でとてもおいしかった。
またあの味が食べたいと思うけれど弟は地方の大学に合格し今は私も弟も一人暮らしだ。


「三分ね、三分」


お湯をいれて後からいれるスープのもとを上に置く。

リビングにカップメンを置いて座椅子に座りこむ。

頭が日のせいで暑くなっていた。
帽子がいるだろうか、と思いながら、時計を見る。


「たまごやきたべたい…」


そうぽつりと呟いて、スープのもとを入れた。






あやめちゃんは午後から学校があるらしく結局また私と坂田くんの二人だった。
坂田くんと二人だが特になにも変わらず私はレジにいて椅子に座り、坂田くんは花を見たり、たまにジャンプを壁にもたれて読んでいる。


にしても今日は異常の暑さだ。
まだ春だから店の中のエアコンなんて作動してないし店はシャッター式だから日が正面から微妙に入ってくる。


「今日、あつっいなー」

坂田君は眩しそうな顔をして店の外を見ている。


「妙さん、じっと座っててあつくない?」
「暑いけど動くともっと暑いじゃない」


しん、とした沈黙。
坂田くんは暑い暑いと小言を言って、店の外に出た。


「(こんな時間に外に出るなんて、)」

紫外線が怖い私には考えられない。
すると坂田君は外に巻いてあるホースを持ち、水道を緩めた。

「(あぁ、水やりか)」

と思っていたら、坂田君のホースを持つ右手は高々と上にあった。

「坂田君?なにして」

と聞こうとした瞬間、シャアアアと水の音がした。
水は真上に向かって発射された。
私はびっくりして急いで坂田くんの元に駆け寄る。

「ちょ、坂田くん止めて止めて!つめたっ」

「あ、妙さんも浴びます?」
「止めてって!他の人にもかかっちゃうじゃん!」
「やべぇー超いいねこれ!」


なんなの、なんなのこいつ。なんで急にこんなアグレッシブなのよ!
つーか私も濡れてんだけど!



「やめろっていってんだろぉーが!!」



ひさびさに出したどすのきいた声と、今だ健在だった蹴りを坂田くんにかました。



蹴りは坂田くんの右頬にあたりそのまま横に倒れた。
倒れた時にホースから手が離れたので地面にシャワーもたたきつけられ真上に水があがった。
当然私もかなり濡れた。


私はいらいらした歩調でこれでもかと言うくらいの勢いで固く固く水道の蛇口をしめてやった。
うざい、ばか、しね!



「あーいってーよ妙さん」



人気のない商店街の花屋の前で仰向けに倒れている坂田くんが顔に両手をあてていて口を開いた。

「あたりまえでしょ!てかいきなりなにしてんのよ!」

もう髪も服もべたべただ。最悪。誰のせいでこんなことになったのよ。


「マジで痛いってちょっと手、かして」

はぁ、とため息をついて坂田くんの横にしゃがむ。

「はい」

不機嫌そうに乱暴に手を出す。
坂田くんは両手を少しあげて私を眩しそうに見た。


「妙さん、」
「なによ」
「ブラすけてる」


「…だからなによ」


「んー?エロいなーって」



ばしと頭はたく。
いって、と坂田くん。
もう一回ばしとはたく。
二回三回四回、

「いい加減いたいって妙さん」

「バカ」

「…すいません」

「あやまってんじゃねぇよ、うざい、むかつく、しね」

「妙さん」


腕をくっとつかまれて、そのまま坂田くんにキスされた。
いや、するってわかってしたときはされるっていわないのかも。


「妙さんびしょびしょだね」
「坂田くんのほうが濡れてるわよ」

坂田くんは濡れたTシャツ肩に鼻をあてる。
うわ、水のにおいすっげぇする、と笑っていった。






「おじゃましまーす」
「ふく、脱いで洗濯機に入れて」


なんで坂田くんが家に来たかと言うと坂田くんのボロアパートには洗濯機がないからだそうだ。
とにかく貧乏大学生な坂田くんにはわざわざコインランドリーでTシャツとパンツを洗うだけなのはもったない。
そこで、私のアパートが近いのをいいことに私の洗濯機も使うことになったのだ。



「妙さん、俺これしたに穿くもんあんのー?」

脱衣所から坂田くんの声が聞こえる。

「今弟のやつ捜してるから待っててー!」

いや、父のほうがいいかもしれない。
こげ茶色のタンスの中には父のものが入ったまんまだ。母も私が二歳の時に病でいってしまったから寂しいさのあまり父のはだいたいは残したのだ。

「あった!」


ベージュの今で言いかえればチノパンらしきものを見つけた。
脱衣所にいる坂田くんに持っていく。



「はい、これ」
「あ、どーも」
「上は暑いからいいでしょ。あ、あとタオルでふいて」
「うーい」
「で、はやくどいてお風呂入るから」
「…妙さん」
「なに」
「嫌っていったら?」
「鼻へし折るわよ」

そう言うと坂田君はにやりと笑った。


「いいよ」

「は?」
「いいよへし折っても」
「え?」


やられた。
坂田くんは私の腕を掴むと脱衣所に引っ張りこんだ。


「ちょ、なになになに」
「落ち着きなよ」
「出てきなさいよ」
「妙さんさぁ、てんぱると可愛いね」

坂田くんの腕にすっぽりおさまっている自分がいる。
坂田くんは離す気はさらさらなさそうだしむしろ私の頬を撫でたり触ったりでなんだから今ここでやりたそうだったからなんだかもう抵抗したりするのもめんどくさくなってしまった。


坂田くんとの二回めのキスは脱衣所で、坂田くんとはじめてしたのも結局脱衣所だった。





せまい脱衣所でバスマットの上で伸びている自分がいる。
そして自分の横に坂田くんがいた。


「起きた?」


終わったら絶対殴ってやろうと心に決めていた。
一発殴って二度ここにはこないで、とか月9ドラマみたいなこと言ってやろうとも思った。


「…不思議、」
「なにが」
「人を好きになる瞬間は小さい頃からもっとドラマがあるもんだと思ってた」
「なにそれ」

坂田くんは笑っていた。



幼い頃私の憧れた未来とは違った今はとっても地味な日々が続いている。
たぶん今この隣にいる人もきっとろくな関係にならないとも思う。



「坂田くん、」
「ん?」
「なんでもない」
「なんだよ、あ、そだ、」
「なに」
「お風呂、入っろっか」

「うん、」


好きって言ったら好きって返してくれるのだろうか。
いや、坂田君はきっと今後悔している。


「妙さん、」
「なによ」
「あのさ…俺、」
「坂田くんさぁ、夕飯にたまごやき作ってよ」
「たまごやき?」


「うん。黄色の、綺麗なやつ」


あやまるぐらいならうまいもんでも作って満足させろ。


うざい、ばか 。


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