好きだと思ったことはある。
でも、言うのはなんだかはばかられた。
もう何回土方と一緒のベッドで寝たのか分からない。
それでも俺はその言葉を口にしなかった。向こうもそんなこと言わなかった。
当然のことだが学校に行ったって、俺たちは普通だった。
土方は俺にわざと用事を作って会うこともしなかったし、
俺も教師という立場を使ってありもしない用件で土方を呼んだりしなかった。
学校ではで会話をしない日だってあった。
ただ目は合った。
だからって土方はこれといって、表情を見せなかった。
ただ通り過ぎる際にちらりと、俺を目で見るだけ。
それだけ。そして、それは俺も同じ。
土方と会うのは金曜か休みの日だった。
金曜の放課後、俺は土方に今夜会おうとメールをした。
アドレスを知らなかったらきっといつかのたった一回で終わっただろう。
たった一回で終わった方が良かったのかもしれない、と今では思う。
数少ない二人だけの会話の中でアドレスを聞いたのは俺で、
土方は俺にアドレスを教えた。
煙草を吸って煙を吐いた。冬は日が落ちるのが早い。
まだ五時なのに国語準備室の窓から見える空はもう薄暗かった。
最近、ボロのヒーターがぶっ壊れたせいで、部屋の空気はひんやりと冷たい。
「さっみぃなー…」
ヴヴヴと携帯のバイブ音が響く。
開いて見ると土方からの返信だった。
わかった。
とだけ書かれていた。
俺のフォルダーの土方のメールはほとんどそれだけだ。
待ち合わせの場所は大体決まっている。駅の噴水の前だ。
俺の住む街の駅は特に大きくなく、周りにはマクドナルドやら本屋はない。
ただ噴水と、でかい銀の時計台があるだけ。
しかも、噴水は別に夜だからライトアップするわけでもなかった。
だから夜になると駅はまっくらでただ噴水の音だけが聞こえる。
駅のくせに人気がなく寂しい所だった。
その日も俺は噴水に腰掛けて土方を待っていた。
水の音が耳の奧まで響いている。息が白い。
風はないけど空気が冷たくて、早く来い、と思いながら俯いた。
水の音の中から靴の音が聞こえて、俯きながら、ああ、やっと来たか。と思った。
靴の音が止まって俺は顔を上げる。
「おせーよ」
「寝てるかと思った」
落ち着いた声で土方はそう言った。
寝る勢いだったよ、と言うと、そのままほっときゃよかったと土方。
「外泊許可もらってきた?」
「一応」
それから俺達は歩いた。
いつも歩いて俺のアパートに行く。
駅からアパートに行くまでの道のりの中に会話はない。
それどころか並んで歩きもしなかった。
土方がさっさと俺の少し前を歩き、俺は土方の背中をいつも見た。
お前、また身長伸びた?
その腕の湿布どうしたの、
お前部活で勝ったんだって、すげーじゃん。
話しかければいいと思うのに、なぜかいつも土方の後ろ姿を見るだけだった。
ぼんやり見ながら歩いていたらいつの間にか俺のアパートについている。
だから今日も土方の後ろ姿を見て歩く。
土方は一度もこちらを振り返らない。
もう二月か。月日経つの早ぇな本当に。二月が終わったら三月だぜ?
まぁお前は推薦もらったから三月になったら卒業式迎えるだけだもんな。
俺は、口に出すつもりなんてない会話を頭の中で作っては捨てる。
アパートの階段を上がって二階の角部屋。
ガチャンと鍵を開けて少しだけ重い、剥げた緑色のドアを開く。
「ほらよ」
土方を中に入れてから自分も入った。やはり部屋も寒い。
俺はとりあえずヒーターをつけようとダウンも脱がずにしゃがむ。
「今つけるから」
「別にいい」
だってお前寒いだろ、と言うとそんなことない、と土方は俺の少し後ろで静かに言った。
俺は立ち上がって土方を見る。土方はそのままじっと俺を見返した。
分かりにくいのだ。
なにがって俺たち。
お互い様だ。言葉が少なすぎる。
何も言わないまま、俺から土方にキスをする。
向こうも手を出して俺の耳に触れたから、やっぱりかと思いながら舌をいれた。
ワンルームの部屋だから、ベッドがすぐそこにある。
それでも、俺たちはその少しの距離も移動しないでそのまま床に姿勢をくずしてお互いの服を脱がした。
その間土方は相変わらず無言でキスをせがむ。
暗くでもすぐに目は慣れて、しかも午前中天気が良かったせいか月も綺麗で。
夜の暗闇にしては明るかった。
土方が途中、カーテン、と言ったが無視をした。。
土方が苦しそうな声を出すから俺はいいよ、と言った。土方は何故か首を横にふった。
「いいよ。出したいだろ」
特に他意はなかったが、土方は顔を赤らめてぎゅと目を閉じた。
暗い俺の部屋で、土方の顔を見るのが好きだった。
でも昼間の学校で生徒と笑っている土方の顔は好きじゃなかった。
「土方」
もうすぐ達してしまう時に名前を呼ぶと大体土方は体を反応させた。
それが俺のツボで、いつもする。でも土方はいつも俺の呼ぶ声に答えることはしない。
「土方、もうすぐお前卒業だよ」
少しだけ息がきれた声で言う。
言葉にして少し寂しいと思う。
「どうすんの、卒業して」
そういう話はもっと別の時にしろと言われそうだ。
でも俺は素直な話がしたい。俺の動きが止まると、土方が下から俺を見上げた。
「卒業したらお前大学生で面白いこと学んで、サークルにはいって、いろんな奴と会って、……」
いつか好きな人ができる。
「せ、」
「土方」
俺はまた名を呼んで、ぐっと奥に挿れる。
お互いの呼吸と土方の苦しそうな声といやらしい音しか耳に入らない。
いやそれ以外の音がない。なんだかとても苦しかった。
「土方」
またそう言って手を伸ばして土方の頬をなでる。目があった。
「先生」
いつも土方は俺の呼ぶ声に返事はしなくて、学校で目が合っても特に表情はない。
でも今、俺の呼ぶ声に初めて答えて、目があっている。泣きそうな顔だ。
どこからどう見てもその顔は高校生で、俺の手に少し震えた土方の手が触れる。
「先生」
嫌な響きだった。
俺はお前の先生で、お前は俺の生徒。先生と生徒。
それでも俺はお前が好きだし、お前は俺が好きなんだろう。
土方の泣きそうな顔を見たら俺まで泣きそうになって、
触れているだけだった手は、いつの間にかしっかり繋がれていた。
「土方、」
「先生」
「土方、」
「先生」
「……土方、」
お互いを呼び合ってセックスしたら馬鹿みたいに気持ち良かった。
そうだ俺達は馬鹿だ。
時間が止まればいいのにと思った。
「先生、」
「さよならだ土方、」
「先生、」
「なに」
「好きです」
「うん」
「好きなのに」
「うん、」
しかし朝が来れば土方が好きだと言ったことは当たり前だけどもう昨日のことになる。
時間は進むのだ。
俺達が思っているよりも、もっとずっと速く。
タイムリミット