「ったく、人が仕事してるって時に勝手に屯所で飲みやがって」

土方が座敷で酔い潰れている近藤を冷ややかな視線で見下ろし、軽く転がす程度に蹴る。
軽く蹴られても近藤は呂律が回っていない口調でもごもごと何か呟いていて、土方はチッと舌打ちを打った。

「起きろ。大将が隊士と一緒に雑魚寝なんてみっともねぇ」
「うー…トシ?」
そうだよ、と土方は返事をして近藤の腕を引っ張り上げた。
「あーちょっと、そんな無理矢理体起こさせないで。肩かしてくれ肩」
陽気な声でそう要求する近藤に、土方は再度ため息をついた。
そして、土方は少しかがんで近藤の腕を自分の肩にまわす。
この時土方は特に意識はしていなかったが近藤の顔が真近にあり、近藤は土方をじっと見ていた。

「なんだよ」
土方がジロリと近藤を見る。
「んー…なんでもねぇよ」
「あっそ」

土方が近藤の腕を自分の肩にしっかりまわして、かがんだ状態から立ち上がった瞬間、近藤の顔がぐいっと前に出てきて土方の視界を覆った。

「な、」
土方から困惑する声が一瞬漏れて、その後の言葉はすぐに近藤に塞がれた。
唇が離れ、近藤は土方の顔を見る。

「お前ー、ここはポカンとしてるとこだろ」
近藤が土方の顔を見てそう言う。
土方の表情はいつも通り、気だるそうでどこか冷めている。
「残念だったな、酔っ払い」
表情変えずに土方はそう言って、ほらあんたの部屋に行くぞ、と部屋を出る。
廊下を歩きながら、なんだよーつまんねぇのー、と近藤は不満気に愚痴をこぼし、なんだよそれ、と土方は鼻で笑った。



近藤の部屋に到着して、土方は近藤を乱暴に肩から離す。
近藤はドサリと畳に投げ出された。
「あー…アタマ揺れる。相変わらず雑だなーお前」
「うるせぇよ」
土方は押入れを開けて敷布団や掛け布団をドサリと出した。
「あらら、引いてくれるのか」
「出してやっただけだ。後はあんたがやれ」
「よく出来た嫁だなぁ〜」
「誰が嫁だ」

じゃあ俺は戻るから。

おう、酔う度に悪いな〜トシ。

分かってんなら自重しろ。

いつもならそれで終わりだった。


「じゃあ俺は戻るから」
土方が部屋を出ようと近藤の前を通りすぎた時、近藤が立ち上がり、土方の腕を掴んだ。
「まだ何かあんのかよ」
土方が近藤の方を振り向く。
近藤は土方をグイッと自分の方へ引っ張り、抱き寄せた。

「酔っ払いも大概にしろよおっさん、俺は生娘じゃねぇ」

「知ってるよ」

そんなこと俺が一番知ってる、と近藤が土方の耳元で小さく呟く。

「酔っ払いの戯れに、お前も少しは付き合えよ」

近藤の低い囁きが土方の耳に直に伝わって、熱を持った。
近藤は酔うと必ず陽気になって、間抜けな声しか出さない。
その事を土方は知っていた。





近藤に押し倒されながら土方は、理由ならたくさんあると思った。
この状況だ。酔った勢いとか、その場の雰囲気とか、実はすごく溜まっていたとか、そういう都合のいい理由が。
俺にも、そして当然この人にも。

近藤に噛み付くようなキスをされ、負けじと自分も喰らいついた。
お互いを伺うような煩わしさは一切なく、最初からお互いを強く求めるようなキスを何回もした。
口が離れ、近藤は土方の首筋に顔をうずめる。土方はくすぐったさに一度顔を背けて嫌がったが、近藤は構わず口づけを落とす。
同時に近藤の手が土方のシャツのボタンを一つ一つ手際よく開けて、腹筋を撫で、乳首あたりで撫でる手が止まり、それから土方の足の指が、ピクリと内側に曲がった。



身を委ねるとはこういう事なのか、と土方はぼんやり思った。
足を開けと言われれば開き、舐めろと言われたら舐める。
身体が自然と従う。きっとこの滑稽な、犬のような性質が自分の本能なのだ。
誰かを従わせるより、誰かに従い奉仕する。
本能に素直に従えるのは土方にとって認めたくはないが、快感だった。

「(お互い雰囲気に流されて、ただ何となくどんなもんなのかって興味があって、それだけ。終わったらなんだこういうもんかって、思ってそれで終わる)」

きっとそれだけなんだろう。





「力ぬいてろ」

余裕がないのか、近藤の声に土方の返答はなく、熱い吐息を漏らしているだけだった。
体のいたる所が熱くて、土方の頭の中もこの時は上手く機能していない。
近藤が土方の顔を見てふっ、と笑う。
「お前今すげぇエロい顔してるよ」

近藤の一言に土方は濡れた目で近藤を見た。 なるほど、悪い顔をしている。

よくよく考えれば、行為をしている時発した言葉はそれだけだった。








土方が目を開けると、近藤の広い背中があった。近藤は土方に背を向けるような寝相で静かに寝息をたてている。
土方は自分が一体いつ眠りについたのか分からなかった。
それ程必死だったという事か、と思い、そう思ってから少し恥ずかしくなった。
土方は近藤が起きぬよう、静かに布団を出る。
そして、もはや自分が脱いだのか近藤が脱がしたのかも分からない、布団の周りに脱ぎ散らかしてある自分の隊服を手に取り着替えた。
下着とズボンを履き、シャツを着て上着は羽織らずに手に持ち、静かに襖を開け、一歩外に出て静かに閉じる。
土方のその動作には一切無駄がなく、土方は布団を出てから一度も近藤の方を見ることはなかった。





襖を閉じたあと、土方はその襖を背もたれにして廊下に座り込んだ。

「(何やってんだ、俺は)」

いつもは隊士達の声で騒がしい廊下も、夜が開けていない今の時刻ではシン、と静まり返っていて空気も冷んやりしていた。
土方は小さくため息をつき、ズボンのポケットからくしゃくしゃになった煙草のケースを取り出し、ケースから一本すっと抜いて口に咥えた。
咥えている煙草からユラユラと細い煙が出て、土方はその煙をぼんやりと見た。

別にこんなもんかって思って、終わるはずだった、と土方は思う。
「(なのに何だこの後味…)」

恋ならこんなに静かじゃないし、愛ならこんなに孤独じゃない。

だからきっとそういうのとは違うんだろう。
残ったのは罪悪感と寂寥感。
「やべぇなー…俺」
ごめんな沖田、と土方は内心で呟く。





目が覚めた時、近藤の背中の方に身体を向けながら寝ていた自分が怖くなった。
そして、そう思っている限りあそこであのまま朝を迎えることもないのだろうと土方は思う。


煙草の煙が小さく、ふにゃふにゃと横に揺れながら上へとあがっていく。
揺れながらも迷いなく、ただ上に。





揺れる
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